第17話 外界
ダリアが扉を開いて、外の様子を窺う。
「魔素がある。暗い道だが、この通路は、ちゃんと人の手で整備もされているな」
魔素……私たちは戻ってきた。外はあの異質な空間とは違う、元の世界だ。
さて、これからどうしてやろうか。
「どうしたアイラ、悪い顔をしているぞ」
ダリアが、訝しむように顔を覗き込んできた。
「いやいや、あの爺さんの鼻を明かす、何か良い手立てはないものかと。勇者の凱旋を華々しくやって、それから……」
「やっぱり、そんなくだらないことを考えていたのか」
「あら、くだらなくはないわよ、これであなたも晴れて自由の身だし、私は私で、とんでもない秘密基地を手に入れたわけだし。くくく」
アイラは、肩にかけた革の鞄をバンバン叩いた。
「アイラ、あなた随分と変わったわね。いや、変わったというよりも、もはや別人のようだ」
あきれ顔を向けるダリアにアイラは苦笑を返す。彼女が違和感を持つのは当然である。
ここには9歳の子供、以前のアイラ・シトラスは居ないと言っていい。別人というのではない。幼いアイラの人格は、橘愛麗の人格と溶け合って一つになっているのだ。それでも、アイラは前世の記憶を取り戻しただけで、存在自体は何も変わっていないのだが。
「別人ねぇ、そうねぇ、冒険でちょっぴり大人になったというのはどうかしら? 今の私の、魂の年齢は十八歳、あなたより一つ上のお姉さんってとこかしら」
アイラは冗談交じりに真実を話した。自分は転生者だと話したところで彼女には理解できないだろう。それでも、なんとなく嘘をつくことが憚られた。
通路を少し歩き、石の階段を上り切ったところで前を行くダリアが足を止めた。
「止まって、出口よ。格子戸の向こうにぼんやりと明かりが見える」
二人は慎重に歩みを進めた。
四角く切り取られた岩、木製の格子戸、この出口は明らかに人の手で造作がなされている。
――この明かり、これは篝火の揺らぎかしら?
「アイラ、そこで待っていてくれ」
ダリアが忍び足で進む。岩陰に身を隠しながら外の様子を窺った。
「アイラ、こっちに」
ダリアが目を見開き、急かすように手招きした。
「なんだこれ!!」
外を見て面食らった。反射的に大きな声を出してしまったアイラは咄嗟に口を押さえた。
「驚いたな、ここはどこの村だろう?」
小声で呟くダリア。
「そうね、私、てっきり出口は鬱蒼とした森の中だと考えていたわ、それが村の中だなんて」
戸の間近に顔を寄せた。アイラは、そのまま格子戸を鷲掴みにしながら呆然とした。
出口の両脇に据え置かれた篝火が法衣を照らす。アイラは目を細めながら夕焼け空を見上げた。
「ダリア、見て。真っすぐ正面に広場がある。その向こうには家が、行き交う人々の姿も」
ここからでは全容を見渡せないが、やはりここは、どこぞの村落らしい。
「どこの村か……でも、ここがどこなのかは出てみないことには分からないな。それでも、ここは相当の僻地だろうな」
「辺境の領地にある僻地って、どんな感じ? 宿は? お金は使えるのかしら?」
――私は領地の全容を知らない。ここはどこなのだろう。あの女神様の祠から神殿まで、ダンジョンの中を随分と歩いた。方角は定かでないので現在地は予測もできないけど、ダリアの言う通り、ここは屋敷から相当離れた遠隔地かもしれない。これは作戦を練り直す必要がありそうね。
「家の造りも粗末だ。身に付ける衣服も質素だし」
「そうね、近郊の町や村の人達とは全然違うわ」
「換金できるかしら?」
上目づかいにダリアを見る。
「できるわけないだろう。こんな僻地の集落には、冒険者ギルドも、ましてや商人ギルドさえないだろう。それに」
「それに?」
「あの異常な財は、この領地を一変させるぞ。なにせざっと見積もっても、シトラス領主が動かせる資金の10倍はあるのだからな。財が明るみに出れば隠すことなどできない。下手をすれば、国が出張ってくる」
「でも、あそこには入れないわよ。たとえ王国の騎士団でも無理ね。あの広さに入れる人員では、ミノタウロスは倒せないわ。それに、凄腕の冒険者を集めても無理ね。あの初見殺しの攻撃は躱せない」
「それでもだ。それでも慎重に扱わないといけない。アイラ、ここは大人の言うことを聞け」
「そうよね……面倒くさいことになるわよね」
女神の神殿のことは、二人で話し合って秘匿しようと決めた。そのことはアイラにもちゃんと理解はできる。手に余る財は身を滅ぼすという、いわゆる当たりくじ貧乏というやつだ。
それでも、アイラはリアリティを持てなかった。
あの財宝が現実のものとは思えない。
アイラにはRPGのアイテムボックスの中身にしか思えなかった。
「村から感じるのは穏やかな気配。危険性はないだろう、ここは人の村だ。どうする? 出るか」
問われたアイラは、とりあえず一旦は下がろう、と手で合図を送った。
――さて、どうするか。
置かれた状況を整理する。
ここが屋敷から相当離れた遠隔地なら、それ相応の旅支度を整えなければならない。
アイラは革の鞄を見る。
ある程度の用意はしてきたが、それで十分かどうかは分からない。
それに、問題はまだある。
「ダリア、ここって、何だと思う?」
「何って、村の洞穴でしょ?」
「でも、ただの洞穴ではないわ。こうして出入り口が管理されている。篝火まで立てられてね」
「洞穴の通路、月の女神の神殿、あの魔物、それに出口の格子戸か……」
ダリアは下を向き、ブツブツと考え始めた。
「そんな場所から、いきなり人が出てきたら、さぞかし驚くでしょうね。それに」
「それに? まだ何かあるのか? アイラ」
「少し、今後のことを考え直さなきゃね、私達には目的があった。それから、あなたの身分もまだ確定していない。それなのに……」
アイラは、数えるように指を折ながら、ダリアの目を覗き込んだ。
「そうだな、これは不味いことになったな」
ダリアは、直ぐに理解して眉根を寄せた。
「私たちが聖域に入って6日、鍛錬を7日して、三日寝込んで、次の日に出てきた。ということは合わせて17日よ。あれからあまりに時が経ちすぎているわ」
「これは、シトラスの家では、大騒ぎになっているな」
ダリアが腕を組みながら、これはどうしたものか、といって唸った。
「大騒ぎどころか、既に死んだものとされているかもね」
アイラは両手を持ち上げあきれ顔でダリアを見た。「まさか」と一言だけ呟き黙り込むダリア。
「まぁ、状況が状況だからね、そういうことも頭に入れておかないと」
まったく、ややこしいことになったもんだ。本題は何も解決していない。アイラはイベント攻略で浮かれていたことを自省した。
肩を落とし溜息をつく。
――この先は、慎重に、最善手を選びながら物事を進めないと。
でなきゃ、とてもじゃないが無事の帰還など果たせないわ。
アイラは、ダリアの顔を見た。
――私は必ずダリアを解放する。そして聖域の正常化を成すわ。お爺様やローガンの悪意にも負けない。
ダンジョンを彷徨い、ミノタウロス戦では死にかけた。時間を費やしたあげく、今もこうして難題を目の前にしている。
生身の体、やり直せない時間、全てが有限である。これはロールプレイングゲームではない。アイラは両手で頬を挟むように叩き気合を入れた。
「それでも、やってやろうじゃない!」
拳を握ったそのとき、唐突に出口の格子戸が開いた。
向けられる光に目を細める。
「おい! 何者だ、こんなところで何をしている!」
掛けられた声。さらに、その後ろに陣取る男達の視線。
――しまった。油断した。これは、早速しくじったかもしれない。
アイラの背中に緊張が走った。




