第16話 リベンジ
「さぁ、いくわよ! 今度は一味違うんだからね!」
敵を目前に、腕をブンブン回して体をほぐした。
アイラとダリアは再びミノタウロスの前に立った。
互いに視線を交わして笑みを浮かべる。
アイラは、ダリアが果敢に敵に向かう姿を見て一つ息を吐いた。
良かった。どうやらトラウマにはなっていないようだ。
「アイラ、ひとまず、私にやらせてくれないか」
ダリアが不敵に笑う。
「大丈夫なのそれ、上手く使えそう?」
「問題ないよ、ほら、この子、私との相性がいいみたい」
ダリアが嬉しそうに剣を振り回す。
剣先が空を引き裂くとシャープな風切り音が鳴った。
「……相性って、ダリア」
ダリアはご満悦のようだ。
まるで、お気に入りの玩具を手にしてはしゃぐ子供ね。
これじゃ、どちらが子供なんだか。
彼女の様子を見て苦笑する。
それでもアイラは内心で感心していた。
白銀のライトアーマーを纏い、左手にアームシールド、右手に深紅の片手剣を装備しているダリア。自分の能力を計り最適解を選んだ彼女の目は本物だ。
それと……アイラは口に手を当てニンマリと笑う。
そう、これぞまさにSSR級の装備。あの装備は美と実を兼ね備えた一級品。
――いいわぁ、ステキよ、ダリア。
美少女と洗練された装備の取り合わせ、目にするそのビジュアルは垂涎の絵面だ。
アイラは頬に手を当て、うっとりとした気分で眺めた。
「いくよー」
「どうぞ、存分に」
言ってアイラは微笑んだ。
ダリアの力は、前回挑戦したときとは明らかに違うだろう。
当然だ、神殿の装備は見るからにレア装備だ。
今のダリアは、攻撃力も防御力も、身に付けた装備によって格段に補正されているはずだ。
戦闘が始まった。
ダリアは、鋭く振り下ろされた戦斧を軽い身のこなしで避けた。
「それにしても軽い。それにすごく動きやすい」
ダリアは声を弾ませた。
戦いに余裕が見える。その理由は、経験則、戦闘パターンを把握しているということもあるが、それだけではない。きっと防具の装着が、彼女に安心感を与えているのだろう。
それにしても良い動きだ。
神殿の装備が、ダリアの実力を底上げしているのはもう明らかだ。
今度は、ダリアが仕掛けた。
ミノタウロスを翻弄しながら一撃、二撃、三、四、五連撃……凄い! まだ上がるのか。
「いい感じだ! この剣は私の手に馴染む。それに切れ味も。あいつ、こんなに柔らかかったか」
切り刻まれるミノタウロス。敵のダメージを見て剣に見惚れるダリア。
「ダリア、そろそろいいかしら? 下がってくれる? 次は私がいくから」
アイラは自分の装備をみてニンマリと笑った。
パーティーに剣士は二人要らない。
重い盾を持つタンクは柄ではない。
魔法使いにはなれない。
投石があるので飛び道具は不要。
吟味して選んだ装備は、純白の法衣。
ワンピースは白地に金の刺繍、裏地はコバルトブルー。
フード付きのローブがいかにも高位の司祭を思わせる。
魔力を持たないアイラに治癒魔術は使えないが、ユニークスキルESPには可能性がある。
もっとも、この世界に治癒魔術があるのかどうか知らないのだが。
選んだ当初は、大人の服は諦めろと言われ、ダリアに細い目で見られた。
しかし、そこは神殿のアイテムである。
袖を通した途端、法衣はアイラの小さな体にフィットした。
びっくり仰天したダリアを見たときには痛快な気分になった。
くくく、派手過ぎず、煌びやか過ぎず、格調の高さを思わせるこの衣装って、どうよ!
「ふっふっふー、はっはっはー」
「アイラ、戻るよ、準備はいい?」
「あ、はーい」
すばやく交代して、今度はアイラが敵と対峙する。
直後、ミノタウロスが吠える。戦斧を投げる範囲攻撃がきた。
これは高速回転で戦斧を飛ばし辺り一帯を薙ぎ払う一撃。
アイラは注意深く躱しながら、サイコキネシスで戦斧の軌道に干渉した。
「……まだ、止めることはできないか、ならばこれは」
次に石を投擲する。スピードも威力も上がっていた。
けれど、その攻撃は相手をひるませる程度であり、ダメージは与えられているものの、腕を吹き飛ばすような破壊力はなかった。
「リミッターを解除したときのような威力は出せないか、ならば、まだまだレベルアップが必要ね」
アイラはレベル10の力を計った。
――それにしても、これはどういうことかしら。
敵の攻撃は速い。動きも俊敏でありスペックは前回と変わらないようだ。
――でも、あいつは、闘気こそ纏っているけれど、この前のような自我は見せていない。抜け殻だ。
「ダリア、そろそろ終わりにしましょう」
「ああ、そうだな。私も武具の力はあらかた把握できた」
二人はあっけなく戦闘を終えた。戦闘後、アイラは敵が消え去った場所を調べた。
「ドロップアイテムはない。それにレベルアップの声も聞こえなかった」
やはり考えた通りだったか。
フロアボスの攻略における報酬は一度きり、経験値も、おそらくは得られないだろう。
通る度に、敵を倒さなくてはいけないのが面倒だけど、あの初見殺しは、神殿の防御機能としては有効だ。それに、ここを使えば戦闘の練度も上げられるわね。
「アイラ! 出たぞ、向こうに扉が」
ダリアに促され、彼女が指さすところを見る。扉が出現していた。
……あそこを出れば、おそらくは、このフロアボスイベントがクリアとなる。
ただし、抜けた先はどうなのか?
アイラは出口を見据えて念じた。『スキャン!』
「どうやら、出口で合っているようね」
アイラとダリアは出口に通じる扉を開いた。
それにしても、長いイベントだった。
「さぁ、ダリア、これでついに念願の地上へ出られるようになったわ」
アイラは、深く吸い込んだ息を、溜息とともに吐いた。
……これで終わり、本当に色々なことがあったわ。
アイラは死にかけた現実を振り返った。
――前世、橘愛麗の記憶のせいで、私は起きる出来事をイベントと捉え、命を賭した戦いをゲームの戦闘のように感じてしまう。でも、それは危険なことだわ。勘違いしてはいけない。これは遊びではない。私は、アイラ・シトラスだ。それ以外の何者でもない。でも、だからこそ誓う。今度こそ、生き抜くと。
「アイラ、少しいいだろうか?」
ダリアが、少し戸惑うような声で呼び止めた。
「なに? ダリア」
振り向くと、ダリアが真っすぐな目でこちらを見てくる。
引き締まる表情、その眼差しは厳しかった。
何かしら? と思うと、彼女は近づいてきて地に片膝を落とした。
そうして首を垂れる。
「アイラ・シトラス様、何卒、私をあなた様の騎士に。私は終生、あなたにお仕えしたく存じます」
「や、やあねぇ、ダリアってば、何言ってんのよ。私達は友達よ、主従なんて、そんなこと――」
「私は……あのとき、アイラが死んでしまうのではないかと思った。本当に怖かったんだ。アイラを失いたくないと思ったんだ」
「私だって、恐ろしかったわ。ここで失いたくないって。でもそれは大切な友達だからで、仕えるとかそんなんじゃ――」
「アイラ、頼む」
ダリアは傅くまま両手で剣を持ち上げ頭を下げた。そうして、うやうやしく剣を差し出す。
「ダリア……」
アイラは、戸惑った。
「アイラ、私のことを『親友』といってくれたことは……その、すごく嬉しかった。でも、私は友としても傍にいたいが、同時にあなたの騎士としても傍にいたいんだ」
決意がにじむような声色。ダリアの切なる想いを受け取る。アイラは、しばらくの間、彼女を見つめた。
「承知しましたわ。ダリア・アッカリー、あなたを私の騎士に任じます」
フッと息を吐き、木剣を受け取る。
アイラは剣を構え、剣先をダリアの肩に置いた。
「アイラ、ありがたく拝命する。このダリア、終生、命を賭けてあなたをお守りすると誓う」
ダリアが顔を上げた。これまで見たこともない、晴れ晴れとした明るい笑顔に見えた。
「もう、大げさなのよ。こんなの、おままごとだわ」
アイラは、プイと他所を向いた。
「それを、子供に言われてもね」
ダリアが皮肉る。その後、二人は大きな声で笑った。




