第12話 初めての共闘
ダリアが剣を抜き構える。
その後ろでアイラは攻撃に備えた。
革の鞄から拳大の石ころを数個取り出して床に転がす。
「まずは様子見よ、ダリアは敵の動きをよく見て、攻撃をかわすことに集中して」
背中に向かって指示を出す。
了解、と頷いたダリアは、切っ先で敵をけん制しながら数歩だけ前へ出た。
「では牛さん、参りますよ、サイコキネシス!」
足元に転がる石が一つ宙に浮く。
アイラは、敵に向かって、えいっ! と手を翳した。
猛スピードで発射された石がブルホーンの巨体を打つ。しかし……
「避ける気もない、ダメージもなさそうね。レベル5ってこの程度ってことね。でもね、想定内なのよ」
アイラはニヤリと笑った。
「ダリア、稽古の通りよ、最初は右から、大振りの横一閃が来るわ。次は切り返して左から、そうして、上、今度は斜め右下、上、右の六連撃よ」
「まったく、この子は、無理難題を言う」
ダリアは剣先を下げ迎え撃つ態勢を取った。
予定通りの攻撃が来る。ダリアは最小限の動きで全てを躱した。
「ダリア、敵の動きはちゃんと見えたかしら?」
「問題ない。太刀筋もキレイに見えている」
「じゃあ、あとの動きは任せるわ、私は牛さんの動きを阻害する。隙を作るわ」
アイラとダリアの連携攻撃が始まる。
アイラが石を飛ばす。
ミノタウロスの目の前をまとわりつく虫のように飛び交う石、その煩わしい動きに翻弄され敵の気が散漫になる。攻撃が単調になった。
詠唱を終えたダリアが特大の炎を打ち込む。
全身を炎で焼かれミノタウロスはたまらず後ずさった。
その後も、同じ攻撃を繰り返す。
視覚を奪う、足を取る。敵が体勢を崩す隙にダリアが剣撃を浴びせた。
「これでだいぶ削れたはずだけど……HPの残量が見えないのはもどかしいわね」
アイラは、敵の状態を観察した。
「アイラ、大丈夫ですか?」
「私のことは大丈夫よ、前に集中しなさい。それよりも、気をつけて、次、範囲攻撃が来るわよ」
「は、範囲? なんですかそれは」
質問をしながら、器用に敵の攻撃を掻い潜り切り込むダリア。
「次に牛が鳴いたら、あのでっかい斧が飛んでくるのよ。水平に、広範囲を薙ぎ払う一撃がくるの」
「な、なんですか、その無茶苦茶な――」
ミノタウロスが天に向かって咆哮を上げた。
体をひねり、溜めを作ってから発射される斧。
高速回転する巨大な斧が砂ぼこりを巻き上げながら襲い掛かった。
ダリアが間一髪で跳び上がる。アイラはその場で地に伏せた。
「ダリア、次、雷撃が来るわ、モーションは斧を持たない腕を上げることよ、でも、腕が上がったところで避けたのでは遅いわ、上がりかけたら避けて」
「はい? なんですって?」
「危ない! ダリア、飛んで!」
アイラの掛け声に、訳も分からず反応するダリア。
彼女は、飛びのいた先で驚きのあまり尻もちをついていた。
見れば、先ほどまで立っていた場所は黒焦げになり、煙が立ち上っていた。
「で、デタラメだわ、こんなの前もって知らなきゃ避けきれない」
立ち上がり冷や汗をぬぐうダリア。
向こう側で、範囲攻撃と雷撃を躱されたミノタウロスが地団太を踏む。
「ダリア、まだよ、気を抜かないで、ここからが本番ね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、本番って」
「あいつ、メタモルフォーゼ、あ、いや、第二形態に変身するのよ」
「へ、変身って、変身ってなに?」
「まぁ見ていて、あいつ、色が変わるから」
「色? 色って――」
ダリアの言葉が止まる。
二人の視線の先でミノタウロスが変化した。
角が伸び、全身に炎のような柄が浮かび上がった。
「え、えええ! こんなの、なんなの」
ダリアの声が震える。
――まずい、敵の気勢に飲まれてはダメだ。
どうやら、さしもの天才剣士も初めての魔物、初めての圧倒的強者を前に混乱しているようだ。
ダリアの様子を見たミノタウロスがニタリと笑って飛び出す。
振るわれる斧に、反射的に剣を出して攻撃を受けようとするが、それで精一杯だった。
「ダリア!」
アイラは飛び出した。見ているのは弾き飛ばされて宙を漂うダリア。
――サイコキネシス!
アイラは飛んだ。そうして渾身の力でダリアの体を受け止めた。
小さな体に圧し掛かる重力、その勢いのまま壁に激突する二人。
「ダリア、しっかりしなさい! 目を開けて!」
アイラは、叫ぶように声をかけた。
だがそのとき、熱いものが喉を駆け上がってくる。
たまらず吐き出すと……手で受けたそれは真っ赤な血だった。
脇腹がひどく疼く。
歯を食いしばりながらダリアを見ると、手に持つ剣は折れ、額から血を流していた。
「あ、あばらがいったか」
アイラは脇を押さえながら呟いた。
敵を見ると、肩を揉みしだきながら、余裕の表情でこちらに近づいてくる。
――これは死ぬかもしれない。
「はは、参ったわ、ライフフォース無限大ってHPのことじゃなかったのね」
今更ながら、現実を認識する。
これは生身の戦いであり、ゲームではない。
9歳の子供の体がこれだけのダメージで生きながらえているだけでも奇跡に近い。
アイラは、目前に死を想起した。
「来るな! 近づくな!」
アイラは、石を投射した。
しかし、そんなものが進化した怪物に効くはずはない。
ミノタウロスは目の前に立ち、二人の様子を見比べた。
敵は獲物を品定めするような嫌な目でこちらを見ていた。
さっと手を振り、アイラを払いのけるミノタウロス。
弾き飛ばされた小さな体が床を転がる。
腕を立て、床を押してどうにか四つん這いになるが、そこでまた吐血した。
内臓がやられているのか? 「……意識が飛んでいないことが不思議ね」
――動け、ダリアを守らなきゃ。
アイラは手を伸ばした。
必死になって四肢に力を込めるが、思うように体が動かせない。
視線の先で、ミノタウロスに首を掴まれ持ち上げられているダリア。
牛が味見をするようにペロリとダリアの頬をなめた。
「やめろ、ダリアを離せ!」
アイラは叫ぶ。ミノタウロスがこちらに顔を向けてニタリと笑った。
おもむろにダリアの両手を掴み直すと、痛みを感じてかダリアが苦悶の表情で目を覚ました。
「おお、これは」という感じで悦に入るミノタウロスが、少しだけ片腕を引っ張る。
ボキッ、骨が折れる音がすると同時に、ダリアのくぐもった叫び声が闘技場内に響き渡った。
「ダリアーー!!」
アイラは血を吐き出しながら叫んだ。
心が、体が震えていた。敵に対する恐怖ではない。それは命を失うことへの恐れだった。
「アイラ、逃げて……私のことは、いい、から、逃げ、て……」
虚ろな目がアイラに訴える。
……ダメだ、このままでは殺される。私の、大切な戦友が、初めての友達が。
悔しさが込み上げる。涙で景色が滲む。アイラは伏せたまま拳を地面に叩きつけた。
また血を吐く。これで三度目。だんだんと意識が朦朧としてくる。
ここまでなのか、こんなところで、彼女を死なせてしまうのか。




