第11話 フロアボス
――七日後。
「どんなもんよ!」
木の棒をくるりと回しポーズを決める。アイラは胸を張った。
「すごく頑張りましたね、アイラ。もう見違えるほどです。その体捌き、これはもう、とても子供のものではありません」
ダリアに褒められてはいるが、実際のところ、運動能力が良くなったわけではなく、実戦でどれほどやれるのかは不明のままだ。以前より体力は上がった気がするが、子供の体ではたかが知れている。
「まだまだ、あなたには追い付けませんでしたが」
「言われてしまえば身も蓋もありません。私とて才女と言われていたのですよ。そう易々と追い越されては堪ったものではありません」
「そうね」
二人は目を合わせて笑った。
「しかし、不思議なことばかり。アイラ、あなたはいったい何者なのでしょう。私にはまるで理解できない」
「何者もなにも、特別ではないわよ。以前も今も、魔力を持たないできそこね」
「しかし、不思議な力がある。触れずに物を動かすなんて……」
「ダリア、着眼点がそもそも間違っているのよ、この力はあなたも無意識に使っているものよ」
「え? いや、私にはできません。とてもじゃない」
「あなた、魔術で、火の玉を飛ばしているじゃない」
「は? でも、それは――」
「じゃあ聞くけど、魔術で生み出した炎はどうやって飛んでいるの?」
「そ、それは、そういう詠唱を行って、魔術とはそういうもので……」
「まぁそうね、この世界は、魔術で満ちている。人々は魔素を感じ、魔力を使って魔術を行使する。それが当然の世界、でもね」
「何か、考えがあるのですか?」
「そもそも、世界の設定が魔素や魔術が当たり前に存在するものだと定義されていたとして、それならばなぜ、私のような者が生まれてくるの? まぁイレギュラーということは、どんな世界にでもあるといえばあるのだけれど」
「突然変異、ですか……」
「この世界で、人は息をするように魔術を使うわ。魔素も空気のようにどこにでも存在する。まぁ濃淡はあるけどね」
「そうですね」
「そこで、考えてみて、ここには魔素がない」
「言われてみれば」
「この世界は、どこか歪なのよ。あ、これは僻みで言っているのではないのよ。でもまぁただの思い付きではあるけどね」
女神の祭壇を見る。思い浮かんでくる様々な疑問。
何故にソルディーアの祠に隠しダンジョンがあったのか。
そして、奥にこのような神殿が秘匿されていたのか。
……もしかして、ここは太陽の女神の神殿ではなく、月の女神に由来する場所ではないかしら?
思いついて腑に落ちる。
魔素がない特殊な環境、夜の空間に浮かぶ月、ここは表の世界とはかなり異なっている。
ここがもしも月の女神の神殿だとすれば、辻褄が合うような気がする。
……しかしどうなんだ? なぜ、隠されるように存在しているの?
ダンジョンはそこまで複雑な構造ではなかった。
けれど訪れた者を試すような造りになっていた。
散りばめられたアイテム。このセーフエリア。
そして、この先に待ち受けているのだろう試練。
いったいこれにはどんな意味があるのだろうか?
「未来視!」
アイラは目を閉じ、未来視を実行した。
――意識を心の奥深くへ潜り込ませる。
この先に見えるものは……最後の扉、その奥にある危機は。
あれは何だろう?
もう少し、あと少しと探っているが、扉がノイズをかけて映像化を阻害する。
「ダメね、見えそうで見えない」
「それでも、アイラ」
「そうね、行きましょう。十分かどうか確証はない。でも行かねば道は開けない」
この特訓で、スキルを動きに同調させることはできた。
相手の動きを予知して対応する。これで回避能力はかなり向上するはずだ。
投石の技術も上がった。射程を把握し、威力も確認した。
一度に動かせる石ころは一つで、拳の大きさまでならそこそこの威力が出せる。
そう、あのビッグファングを打ち抜いたくらいには。
それでも……眉を寄せ、口を引き結ぶ。アイラは出口の扉を睨みつけた。
――ジャミングされた未来視。
フロアボスが、あんな雑魚のはずはない。しかも一発勝負だ。
そして、この戦いにやり直しはない。
扉が出入り自由ならばまだやりようはあるのだが、これも試してみなければ分からない。
アイラとダリアは身支度を整えた。そうして祭壇の前に立つ。
「アイラ、何をしているのですか?」
祭壇の台座に置かれているオーブを持ち上げるアイラを見てダリアは首を傾げた。
「木の棒は抜いても大丈夫だった。おそらく木剣も大丈夫よ、そして、このオーブもね。せっかくの戦利品だし持って帰るわよ」
「なんて、抜け目のない。でも、そういうところ好きですよ、アイラ」
「あら、人を欲張りみたいに言わないでよね。ギミックのアイテムは消えない限り持ち帰ることができるって相場が決まっているのよ」
言いながら、アイラは先のことを考えていた。
もしかすると、このアイテムも必要になるかもしれない。
フロアボス攻略の鍵になる可能性は考えておかないと。
アイラが拗ねて頬を膨らませると、ダリアは「しょうがない子だ」といって笑った。
「さぁ、準備はできたわ、行きましょう」
二人で並んで重い扉を押し開ける。
中を覗くとそこは石造りの闘技場だった。
――やっぱりね。
奥へ進むと、案の定、自動的に扉が閉まる。
肌を刺す冷気、薄暗い部屋の空気が重い。
「なんて濃い魔素だ」
隣でダリアが目を細めた。
「そう、やはり魔素があったのね」
呟くと、間を置かず闘技場の壁の篝火に明かりが灯る。
近くから遠くへ、点々と走るように灯される明かり。部屋が一気に明るくなった。
「来るわよ!」
アイラは闘技場の中央を睨みつけた。そこに湧き出るつむじ風。
目の前に現れたのは――
「ブ、ブルホーン……なんてこと、こんなところで、伝説級の魔物に」
――ブルホーン。なるほど、この世界ではそう呼ばれているのか。
「ミノタウロスか、まぁ、あるでしょう、お約束ね、定番よ」
身の丈はダリアの倍ほどもある。
怪物が手にするグレートアックスが鈍い光を放つ。
はち切れんばかりに盛り上がる筋肉、全身から溢れる闘気。
まさに怒れる野牛だ。
「さぁ、いくわよ!」
揚々と宣言し、アイラは戦場に踏み出した。




