日常(1)
【主な登場人物】
・三宮皇…本作の主人公。日本で暮らす男子高校生。十七歳。
・スメラギ…コウから見たら異世界である、神皇国で暮らす少年。癒しの神子。十七歳。
・三宮深門…日本で暮らす男性。皇の父親。四十二歳。
・三宮美夜…日本で暮らす女性。皇の母親。三十六歳。
・三宮聖…日本で暮らす女子中学生。皇の妹。十五歳。
・鈴木和也…日本で暮らす男子高校生。皇の親友。十七歳。
「おはよう、皇。」
ゆったりとした声が響く。俺は目を開けた。微かな頭痛に、俺はこめかみを揉む。台所から美味しそうな香りが漂ってくる。パンを焼く香りだ。
「今日は学校に行けそう?」
「うん。今日は体調がいいから大丈夫そう。今日の朝ご飯はトースト?」
「ええ。聖ちゃんと一緒に食べて。」
俺は制服に着替えると、日記帳を開いた。昨日のスメラギの足跡を追わないと、学校で困ってしまう。幸い、神皇国と違い、日本での生活は特筆すべきことがない。朝の時間に覚えられる。銀の懐中時計のぜんまいを巻きながら、俺は日記に目を通した。
俺は食卓に着いた。父さんも妹の聖も食べ始めている。
「おはよー。」
「おはよう。あたし、今日朝練あるからもう行くね。」
「行ってらっしゃい。」
妹の聖は十五歳で、中学三年生だ。テニス部に所属している。大きな目をしていて、妹ながら可愛いと思う。ちなみに俺は高校二年生で帰宅部だ。
聖が学校に行ってしまったが、俺には見送りに行く時間はない。俺はピーナッツバターといちごジャムをたっぷりとトーストに塗りたくって食べた。ご飯は間違いなく日本の方が美味しい。
「今日は皇だよな?」
父さんが言った。父さんと母さんは俺たちの事情を詳しく知っている。異世界のスメラギと入れ替わっていることまで知っているのは、日本では両親だけだ。
「うん。だから今日は調子がいいよ。」
実は俺は、十年以上前から深刻な脳の病気を患っている。本当なら十年前に死んでいたと思う。俺と入れ替わったスメラギは癒しの神子なので、俺の身体を治してくれたそうだ。ただ、完治はさせられなかったようで、暫く経つとまた発作が起きる。でも、スメラギと入れ替わると症状を和らげてもらえる。
俺の病巣は脳にあるのだが、場所が悪く、血管や神経が複雑に絡んでしまっていて、手術や投薬などあらゆる治療ができないらしい。スメラギの神力による治療も急激に行えないようで、たった一日の入れ替わりでは完治させられないそうだ。謝罪の言葉が書き連ねられたスメラギの日記を読んで、俺はいたたまれなくなった。
スメラギには本当に申し訳ない。俺と入れ替わっても、スメラギには何も良いことがない。神皇国に残した自分の身体は神力が使えず、魂は日本の俺の身体に入って治療させられる。
「そろそろ行く時間じゃない?ほら、お弁当。」
「ありがとう。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
俺は弁当を受け取ると、バッグに入れた。スメラギが作ったお守りはバッグにしっかりついている。俺はバスに乗って市内の高校に向かう。移動中に英単語帳を見るのは欠かせない。高校につくと、教室の自分の席でホームルームが始まるのを待つ。俺はスメラギに負担を掛けないように、予習はできるだけ先に進めておくようにしている。今日の分の予習や宿題は随分前に終わらせてある。
「うわ、今日の英Ⅱって小テストあったっけ?だる~。」
「マジじゃん。ウチ1ミリも勉強してないんだけど。終わったわ。」
「ヤバ。ゆーち、前の小テストも全然だったくね?」
クラスメートの女子がうるさい。小テストの予告は前回の授業の終わりにも言っていたのに。
女子の一人と目が合った。ひそひそと話をしていたかと思うと、こちらに近付いてきた。俺の机が三人の女子に囲まれる。
「ねー、三宮くん。前の英Ⅱの小テスト満点だったよね?」
「…偶々運がよくてね。」
「うっそー、謙遜じゃん。ね、今回は何が出ると思う?」
君たちと会話するの、これが初めてに近いんですけど?距離感を弁えろよ。
「分かんないな。田中君に訊いたら?田中君も満点だったと思うよ?」
女子たちはクスクスと笑った。嫌な感じだ。
「だって、ねぇー。」
「ウチら三宮くんに訊いてるんだけど?」
関わりたくねえ。でも、断る勇気はねえよ。俺は英Ⅱの教科書を開く。マーカーだらけで恥ずかしい。
「多分、時制に関する問題は出ると思う。和文英訳か英文和訳。新出単語で出題されそうなのは、これのアクセントとかこれの発音じゃないかな。後は知らない。」
付け焼刃で点数を上げようなどと思うな。女子たちは顔を見合わせる。
「ありがとー。じゃ、そろそろホームルーム始まるから、またね。」
「あ、うん。」
疲れた。ホームルームが終わり、授業もつつがなく進んでいった。英Ⅱの小テストも終わった。俺の山は当たっていたが、彼女たちが点数を取れたのかどうかは知らない。




