日常(2)
昼休み、俺は空き教室で親友と一緒に弁当とデザートのシュークリームを食べ終え、教室に戻って本を読んでいた。しばらくすると、足音が近付いてきた。俺は顔を上げた。朝話し掛けてきた女子三人が俺の机を囲んでいる。俺は本に栞を挟んで閉じた。
「どうしたの?」
「英Ⅱの小テスト、今までで一番手応えあったわ。マジ助かった。」
「それは良かった。」
まさか毎回テスト前に話し掛けられるんじゃないだろうな?俺の心配をよそに、女子はとても嬉しそうだ。
「ね、今日の放課後空いてる?カフェでお礼したいんだけど。」
お礼?罰ゲームの間違いでは?女子に囲まれてカフェとか地獄でしかないわ。
「放課後は病院に行くから無理。ていうか、お礼とかいらないから。」
「あんまカフェとか行かないか。じゃあなんか欲しい物とか行きたいとことかない?」
妖怪より話が通じねえ。めんどくせー。適当にあしらっても良いんだが、バレンタインデーに気合の入った手作りチョコとか持ってこられても困るんだよな。自販機のジュースでも奢ってもらうか。
「最近は西門前の自販機で売ってる『キャラメルホイップ』にハマってる。」
「え、ヤバ!ウチけっこー甘い物好きなんだけど、あれは流石に一回しか買わなかったわ。甘い物相当好きなんだ?チョコとかもミルクチョコ派?」
「ホワイトチョコ一択だね。」
「へぇー、知らなかった。ちょっと意外。」
俺は口を手で覆った。やらかした。自分からバレンタインのフラグを立てに行ってどうすんだよ。
女子の一人が俺の様子を見てニマニマ笑うと、少し声のトーンを上げて話し掛けてきた。
「ねえねえ、三宮くんってさ、彼女いるの?」
は?いるわけねえだろ。はったおすぞ。
「いない。」
「えー、嘘。じゃあ好きな人はいる?」
どうせいるわけないと思って、他の女子に牽制かけに行ってるだろ。マジでふざけんなよ。
「いな…あー、いた、かな。正確には。」
俺は正直かなり苛立っていた。そっちがその気なら、俺も駆け引きしてやると心に決め、わざと思わせぶりな言い方をした。
「へー、この学校の人?」
「いや、昔の初恋を引きずってるんだよ。」
俺は自分で言って照れてしまって口元を隠した。改めて言葉にすると随分と痛い人間だな。女子たちは俄然興味を持ったようだ。
「幼稚園の先生とか?」
「んー、惜しい。まあ、十年前の話ではあるんだけどね。その時、相手は十四歳だったよ。」
「うわー、気になるー。」
俺は話をどうまとめるか考えながら口を開いた。
「あんま面白い話でもないけど、聞きたい?」
「聞きたい!」
言ったな?俺は前もって警告したぜ。
「十年前、俺は入院していたんだ。当然周りは見知らぬ大人ばかりで、不安だった。俺は大人の気を惹きたかったのか子ども特有の思い込みなのか、変なことを言っていたみたいで、友達もいなかった。そんな俺の話を聞いて否定せず受け止めてくれたのが、その女性だったんだよ。」
早速大嘘で始まった話だが、この後は事実を織り交ぜていくつもりだ。十年前に入院したことは事実だ。その時に俺はスメラギと入れ替わり、一人で見知らぬ世界に放り込まれた。そんな俺の必死の訴えを受け止めてくれたのがヒサメだった。
「白い髪に赤い目の女の子で、見た目が珍しいから最初は怖かったんだけど、話せば話すほど、思いやりがあって優しい人なんだって気付いて、どんどん好きになっていった。多分彼女は俺に同情して構ってくれていただけなんだろうけど。それなりに仲は良かったと思う。」
実際、俺とヒサメの仲は客観的に見てこんなものだろう。
「その後どうなったの?」
「それだけ。」
「え?」
唐突過ぎたか。しかし、あまり長々と続けるとボロが出そうだ。
「それだけなんだよ。俺とその女の子の関係性は。だから好きな人が『いる』じゃなくて『いた』なの。」
「今はもう好きじゃないってこと?」
「いや、好きだけど…。三宮皇はその人との関係性を深めようがないんだ。だから過ぎた話…なんだと思う。」
ヒサメのことを好きなのは三宮皇であって、スメラギではない。せいぜい週に一度会えるだけの俺が彼女に思いを伝えても仕方がないと、俺は徐々に諦めていった。だって、俺は本来、ヒサメの世界にいるはずがない人間だ。この入れ替わりだって原因も分からないし、いつまで続くかも定かじゃない。もし、或る日を境に、二度とヒサメに会えなくなったとしたら…。そう思うと、俺のこの気持ちは過去のものにしないといけない。だから俺はヒサメのことが昔好きだっただけで、今は別に…。
「もう連絡が取れないってこと?」
「髪が白くて目が赤い人なんて、みんな覚えていそうだよね。病院に訊けば連絡先くらい分かりそうじゃない?」
分かってたまるか。患者の個人情報だぞ。待てよ。万が一にでも調べようとされたら困る。ヒサメはこの世界に存在しないから。俺の嘘がバレる。
「いや、彼女はこの世界にいないんだ。だから、どうやっても、三宮皇と彼女の関係性は進まない。俺がどんなに願っても…。」
気まずい沈黙が流れる。頭が痛い。少し話しすぎた。




