日常(3)
「ねえ、それってもしかして…。」
気付くと女子の表情が変わっていた。焦りというか、申し訳なさというか。俺は彼女が今の話をどう解釈したのか理解した。
「変な話をしてごめんね。忘れて。」
俺は笑って誤魔化そうとしたが、顔は強張ってしまって上手く笑えそうになかった。ああ、ヒサメとのことを不用意に持ち出すべきじゃなかった。俺の中でも整理がついていないから、自分でふつーに傷を抉った。
「ごめん、踏み込み過ぎた…よね?」
「いや、勝手に話したのは俺の方だよ。いやー、我ながら痛いよなー。」
多分、俺の思わせぶりな言い回しから、俺の好きだった女性は死んでしまったと思ったのだろう。なんか申し訳ない。いくら何でもやりすぎた。
「…本当にごめん。じゃあ。」
いたたまれず、俺は教室を離れて空き教室に向かった。一人で悶々としていると、ドアが開いた。反射的にそちらを見ると、馴染み深い三白眼のジト目と目が合った。相変わらず酷いクマで、目付きが悪いが、今の俺にとっては後光が射して見える。彼は鈴木和也。俺はカズと呼んでいる。俺の幼馴染で、親友だ。
「やっぱり此処にいたか、みやこー。」
「さっきの話、聞いていたのか?」
カズは俺の前の椅子に後ろ向きに座る。もちろん、みやこーとは俺の渾名だ。
「オレの席、お前の後ろだぜ。聞くなって方が無理だっつーの。」
「それもそうか。」
「お前、ほんっとーに馬鹿だよな。手に負えねえ嘘吐くなっつーの。」
カズは笑いながら言った。カズの良い所は、俺に下手に同情したり腫れ物扱いしたりしないことだ。
「うっせえよ。もうちょっと手前でドン引きして去ってくと思ったんだって。」
「嫌味か?鏡を見てみろよ、残念イケメンやろーが。」
「褒められてるのか、貶されてるのか、ぜつみょーなラインだな。」
「1ミリも褒めてないが?」
「は?マジかよ。褒めろよ。」
「理不尽だなぁ、オイ。」
俺の場合、コミュニケーション能力と顔面偏差値が釣り合ってねえんだよな。
「っつーか、何で嘘だって分かったんだよ。入院してた時の話って、お前にしたか?」
「聞いたことねえな。でも、嘘はバレバレだぜ。」
「何で?」
カズは眼鏡をクイッと直した。何かウザい。
「理由は三つ。一つ、女性との別れが語られていない。二つ、連絡を取れないではなく、わざわざこの世界にいないと言った。三つ、お前が三宮皇だから。」
俺は眉をひそめた。
「説明してもらおうか。」
「まずは、お前の話が事実で、入院している時に出会った患者の女性と仲を深め、彼女のことが好きだったが、その女性は死んでしまったのだと仮定する。お前が言うように、その女性が七歳の子どもに優しく親切だったのなら、突然何も言わずに亡くなっていたとは考えにくい。せめて死期を悟って手紙の一つくらい残してあげるだろう。お前の話にはそれがない。」
カズの辞書にデリカシーという単語はないらしい。
「手紙をもらっていたとして、あの場では言わなかったと思うぜ。」
「いや、言うね。そうでないと、二人の関係性が明確に切れていることと、お前が片想いを続けていることが示せねえからな。それがこの話の目的だったはずだぜ。女子どもに好意を向けられねえようにするっつーことが。内容は語らないにしても、別れがあって区切りがついている関係性だということは明かさないと意味がねえ。違うか?」
一理ある。少なくとも、退院してそれっきり二度と会っていないことくらいは言うべきだ。つい昨日ヒサメに会っていたから言えなかった。
「まあ、それは嘘にせよ俺のミスだな。雑に切り上げようとしちまった。」
「あまりに話の終わりが雑すぎたため、今も好きならば連絡を取ればいいという当然の疑問を投げ掛けられたわけだ。連絡を取れないとお茶を濁せば良いものを、敢えて死を仄めかした。案の定、お互いに気を遣い合って気まずくなって退散。どうして連絡を取れないと逃げなかったんだ?」
カズの態度は挑発的だった。俺も質問で返す。
「どうせ想像がついてるんだろ?」
「本当はその女性、病院で知り合ったわけじゃねえんじゃね?少なくとも、患者同士の関係性ではないと見たね。調べられたくなくて、踏み込まれねえような嘘を吐いたな?」
悔しいが、こういう時のカズは本当に鋭い。
「まあ合ってるよ。だから自己嫌悪タイムだったのに、追い打ち掛けんなよ。」
「まだ最後の理由言ってねえだろ。」
「はいはい。俺が三宮皇だったら何なんだよ?」
カズは真剣な表情になった。声のトーンが低くなる。
「オレの知る三宮皇は、女子を牽制するために死者を利用したりしねえんだよ。」




