日常(4)
耳がいてえ。まあ、もし既にヒサメが死んでいたらきっと誰にも何も言わない。
「…何だよそれ。何でお前が三宮皇を語るわけ?」
「何年来の付き合いだと思ってんだよ。お前のどっちの人格も、絶対に死者を安易に利用しねえ。これは間違いねえよ。」
カズと俺の妹の聖は俺が二重人格だと思っている。俺がそう伝えた。スメラギが別世界に実在する人間だと伝えていないだけで、これも嘘ではないと思っている。
「あー、もう。俺の負けだよ。俺の好きな人は病院で会ったわけじゃねえし、死んではいねえ。サイテーな大嘘吐きやろーです。」
「開き直んな。お前の好きな人だけどさ、オレの予想言って良い?」
「好きにしろよ。」
カズは目を閉じた。
「完全な嘘ってわけじゃなさそうだよな。白髪赤目なんて属性、リアリティを薄れさせるだけだから、これはガチ。アルビノじゃないとしたら、キャラクターっぽい。この世界にいないっていう言葉も辻褄が合う。でも、好きになった理由や過程はフィクションの存在とは思えねえ。」
俺、よくこいつを相手に入れ替わりのこと隠せてるよな。突飛な話だから、説明されたって理解できねえくらいの話ではあるんだけど。
「もしかして、二重人格どころじゃなくて、女の人格も同居してたりする?」
そう来たか。結構悪くない読みだ。
「いや。俺はスメラギと今の人格しか把握してねえ。多分他の人格はねえよ。」
「幻覚は?」
「そこまで狂ってねえ。」
「臨死体験とか明晰夢とか?」
俺は返答に詰まった。俺は向こうの世界が俺の妄想や夢ではないと思っている。でも…。
「…あ、ヤベ。昼休み終わるじゃん。続きはオレの家で話さねえ?放課後、空いてるだろ?」
「あ、ああ…。」
カズの良い所二つ目、安易に腫れ物扱いはしないけど、引き際は弁えてること。俺、多分顔に出てたな。
俺はカズに続いて教室に戻り、帰りのホームルームまで大人しく過ごした。
「帰ろ。」
「ああ。」
帰り道、俺はカズに質問してみる。
「俺、放課後は病院って言わなかったか?何で空いてるって分かったんだ?」
「だってお前、シュークリーム食ってたじゃん。」
俺は思わず立ち止まった。
「どゆこと?」
「お前、検査の日は甘い物控えてたよな?」
「バレてたか。」
「あれで隠してたんかよ。検査日以外は毎日甘い物しか食ってねえだろ。」
否定できねえ。医者からは甘い物を控えるように何度も言われてるが、なかなかやめられねえんだ。
親にカズの家に寄ると連絡し、その後も雑談していると、鈴木家に着いた。閑静な一軒家だ。カズは堂々と玄関の扉を開ける。俺も後に続く。
「ただいま。」
「お邪魔します。」
「お帰り。あら、お友達?」
カズのお母さんの声がした。足音と共に、茶髪のセミロングの髪をした女性が現れた。どこかに出掛けていたのか、お洒落な服を着ている。
「お邪魔してます。皇です。」
「あらら、皇くん、久しぶりね。上がって、上がって。」
俺はカズと一緒にカズの部屋に入った。散らかった勉強机、漫画で埋め尽くされた本棚が見える。カズは座布団を引っ張り出してきた。
「まあ座れよ。」
「ありがと。」
俺は腰を下ろした。カズは向かいに座る。
「今日の数B全然分からなかったんだけど。半分寝てたし。教えてくんね?」
「夜中までゲームしてたからだろ?」
「起きてても分からなかったさ。な、頼むよ。」
勘は鋭いけど、勉強は不真面目なんだよな。
「宿題出せよ。」
カズは鞄から数学の宿題を取り出した。しばらく教えていると、ノックが聞こえてきた。カズのお母さんがオレンジジュースとクッキーを持ってきた。
「カズの勉強見てくれてるの?ありがとね。皇くん頭いいものね。クッキー食べる?甘い物好きだったでしょ。おばさんの手作りでよければ。」
「え、いいんですか!ありがとうございます。いただきます。」
「良かったら、夕ご飯も食べていく?」
「いえ、流石にそこまでご迷惑をお掛けするわけには…。」
良い人すぎる。カズの宿題が終わったら帰ろう。
「遠慮しないで。皇くんハンバーグ好きよね?」
正直めっちゃ食べたい。神皇国では妖怪になる可能性があるから、人間にとって殺生や食肉は禁忌なのだ。地域によっては魚や卵、動物の乳も駄目。スメラギは神子なので、植物性のものしか口にできない。
その上、三宮家でも肉や魚より、大豆ミートとか卯の花の方が食卓に並びやすい。これはもう両親の好みとしか言いようがない。もしかしたら、俺の体調を気遣っているのかもしれないので、強く不満を述べたことがないが。
「高校生にもなって、急に押しかけて夕ご飯まで御馳走になるのは流石に…。」
「難しく考えすぎ!息子の友達なんだから、身内も同然でしょ。何か予定がないなら食べてって。」
俺の心の天秤は完全に鈴木家の食卓に傾いていた。ここまで言われて断るのも失礼だろう。
「すみません。それでは、お言葉に甘えて御馳走になります。」
「良かった。御両親には連絡しておくから。あと三十分くらい待ってね。」
カズのお母さんが去っていった。俺はクッキーを口に放り込む。バターの香りが口いっぱいに広がる。俺の基準だと甘さが物足りないが、今日は甘い物を食べ過ぎている。このくらいがちょうどいい。俺は再びクッキーに手を伸ばす。
「終わったー。マジで助かったわ。」
「答え合わせはいいのか?」
「いらねえ。間違ってても、これがオレの実力ってことで。」
カズは宿題を片付けた。視界の端に黒いものが動く。俺は顔を綻ばせた。




