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日常(5)

「おいで、不知火(しらぬい)。」


 黒猫がゆっくりとした足取りで俺の所に寄ってきて、俺の手の臭いを嗅いだ。クッキーの香りがするはずだ。不知火は俺の膝に乗ってきた。俺はゆっくりとその毛並みを撫でる。


「可愛いなあ、不知火は。」

「こいつ、猫被りやがって。」


 不知火は金色の大きな目で俺をじっと見ている。かわいい。


「不知火って何歳だっけ?」

「オレらと同級生。」


 そうだ。かなりの高齢だった。


「そっか…。おばあちゃんだな。」

「ああ。そろそろお別れも覚悟しないといけない年齢だよ。」


 カズの眼差しは慈愛に満ちていた。俺は掛ける言葉が浮かばなかった。カズには聞こえないくらいの声量で呟く。


「猫又にでもなってくれりゃあ良いのにな。」

「何て?」

「あ、いや何でも…。」


 神皇国でなら、愛情を注がれて長生きした猫は猫又として第二の生を送れるのに。俺はそんな意味のないことを考えて、不知火の頭をポンポンと叩く。


「俺より先に死ぬなよ、不知火。」

「そりゃ最早化け猫だろ。」


 俺の病状について、カズは知っているはずだ。大きな発作が起きれば、万が一のことは起こり得るということを。俺にも長生きしろよということらしい。


「じゃあ、お互いに長生きしような、不知火。」


 俺は不知火の頬を撫でる。不知火は立ち上がってどこかに行ってしまった。


「ご飯できたよー。」


 部屋の外から声が聞こえてきた。


「行こうぜ。」

「ああ。」


 食卓には三人分の食事が並んでいる。デミグラスソースがかかったハンバーグにブロッコリーが添えられている。ミニトマトとレタスのサラダ、温かいご飯とコーンスープもある。ドレッシングはイタリアンと青じそだ。


「お口に合うか分からないけど。」

「ありがとうございます。いただきます。」


 俺はイタリアンドレッシングをかけてサラダを食べ、ハンバーグを箸で割って一口頬張る。美味しすぎる!口の中に溢れる肉汁と噛み締めるたびに広がる肉の旨味。これはおからハンバーグでは味わえない美味しさだ。


「美味しい…。」

「皇くんは本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しいなあ。」

「本当に美味しいです。」

「こいつ、嘘吐くのマジで下手だからガチだよ。」


 カズは俺を指さしながら言った。カズのお母さんはクスクス笑っている。


「テレビ点けていい?」

「いいよー。」


 カズがテレビをつける。夕方のニュースが流れていた。夫が妻を執拗に殴って重傷を負わせたというニュースだ。ここからあまり遠くない場所らしい。


「物騒な世の中ねえ。」


 カズのお母さんはのんびりした声で言った。確かに、年々この辺りで物騒な事件が増えてきている。物価は上がるし国際情勢も不穏で、この世界も平和ではなくなりつつあるのかもしれない。


「お皿下げていいかしら?」

「あ、俺が運びますよ。御馳走様でした。洗い物手伝いますね。」

「あら、ありがとう。」


 カズのお母さんと二人で皿洗いをしていると、カズのお母さんが俺に話し掛けてきた。


「和也は学校で上手くやれているかしら?」

「そう思いますよ。俺は助けられてばかりです。」

「逆じゃないの?信じられないんだけど。」


 まあ、カズは積極的に人助けをする性格ではないからな。


「本当ですよ。今日も落ち込んでいる時に話し掛けてくれて、家に誘ってくれたんです。」

「あらまあ、あの子が?何があったのか聞いてもいいかしら?」


 俺は女子をあしらおうとして失敗した話を簡単にした。カズのお母さんは笑っている。


「モテる男は大変ねえ。」

「いやー、昔から女子絡みの面倒事ばかりで。」


 これが冗談では済まないのだ。俺を巡って女子同士が深刻なイジメに発展したり、ストーカーされたりしたこともある。呪われてんのか。


「遅くなっちゃったわね。家まで送るわ。」

「大丈夫ですよ。すぐ近くですので。」

「最近、物騒でしょう。私が心配なの。」


 カズのお母さんは上着を羽織っている。カズも玄関先まで見送ってくれるようだ。


「また明日。」

「ああ、学校で会おう。」


 俺はカズのお母さんに家まで送ってもらった。俺の両親がカズのお母さんに何か贈っている。


「今日はどうもありがとうございました。」

「こちらこそ楽しかったわ。またいつでも来てちょうだい。今度はケーキを焼いておくね。」


 鈴木家の養子になりたいかもしれねえ。別に今の家に不満はねえけど。


「何食べてきたの?」


 カズのお母さんが帰った後で、パジャマ姿の聖が話し掛けてきた。


「ハンバーグ。そっちは?」

「コロッケ。美味しかったよ。」

「いいじゃん。」


 日本での暮らしは平和でありがたい。家族と気兼ねなく話せるのもいい。あと数日はこの日々が続くと思うとホッとする。


 その後も俺は日に日に増してくる頭の痛みに耐えながら、七日間を日本で過ごした。

【コウとスメラギの日記】

日本にある日記より一部抜粋

5月19日 スメラギ

同じクラスのS・Tに皇が盗撮されていたよ。データを売られていたみたいだ。味を占めて女子の盗撮も始めたらしい。悪質だから先生に報告しておいた。信じられないくらいこの地域の邪気が強いけど、こういうものなの?皇は私が作ったお守りを持ち歩いているよね?

5月20日 コウ

遂に男から盗撮されるとはな。ありがとう、スメラギ。邪気のことは俺には分からないけど、年々悪質な事件が増えてるよ。スメラギのお守りを毎日肌身離さず持ち歩いているのにおかしいなあ。

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