神隠し(6)
トラは俺の顔色を窺っている。ためらいがちに懐に手を入れ、手鏡を取り出した。黒い手鏡の裏には綺麗な蒔絵でフクロウが描かれている。高価そうな品だ。俺は鏡面を覗き込んだ。
映っているのは、当然スメラギの顔だ。黒髪に黒い目、目鼻立ちは整っている。細い眉に垂れ目で優しそうな顔立ちのイケメンだ。何の変哲もない手鏡だな。
「手鏡さん、聞いていましたか?何か反応してください。」
特に変化はない。俺が溜息を吐くと、トラが話し掛けてきた。
「神子様、鏡に文字が…。」
俺はパッと鏡面を覗き込んだ。俺の顔は映っておらず、代わりに文字が浮かんでいる。
「最初カラ全テ見テイタ。初メマシテ。粗品ハ『キョウ』ト申ス。」
文字で意思疎通か。『正字』と『半字』の組み合わせは珍しい。半字など、名前の表記くらいしか使わないのに。読みにくいが、鏡文字でなかっただけありがたいと思うべきか。
俺は粗品とは何か考え、意味が分かって噴き出した。要するに拙者のようなもので、へりくだる一人称だろう。付喪神ジョークなのか一般的な言い方なのかは知らないが。
「初めまして、キョウさん。私たちを外に出してはもらえませんか?」
「駄目ダ。外ヘ行ケバリュウサキ様ニ喰ワレル。此処ニ居レバ守レル。」
やはり善意か。リュウサキに遭った後のことを訊いた方がよいだろう。
「どういうことですか?リュウサキに遭った後、一体何があったのです?」
「ズット前カラ主ハ、粗品ガ人ヲ封ジル力ヲ持ッテイルコトヲ知ッテイタ。主ハ粗品ニ子ラヲ封ジ、粗品ノ照ラス光ヲ頼ミニ山越エヲシヨウトシテイタ。」
それで子連れで夜に山越えをしようとしていたのか。むしろ、夜の方が他の人間に会わなくてすむと言える。
「鬼ニ遭イ、気ヲ失ッタ主ヲ粗品ハ鏡ノ中ヘ封ジタ。鬼ハ粗品ヲ持ッタママ村ヘ向カッタ。村ノ人ヲ救ッテ欲シイト主ニ懇願サレ、無理ヲシテ村人全員ヲ封ジタ。鬼ノ不興ヲ買ッテ割ラレヌヨウ、主ノ害ニナル人間ハ外ニ出シテ差シ出シタ。」
俺は眉を吊り上げた。キョウはよく人々を守ってくれていたのだとは思うが、犠牲者の人数を思うと胸が痛む。
「リュウサキを封じることはできなかったのですか?」
「咄嗟ノコトデ、何度カ封ジタコトノアル主ヲ封ジルノガ精一杯ダッタ。」
仕方ないか。
「キョウさんの本体は、リュウサキが持っているのですか?」
「ソウダ。外ニ出レバアノ鬼ト対峙スルコトニナル。」
イクサとヒサメの力を合わせても、リュウサキ相手に無傷で勝てるとは考えにくい。スメラギに代わるまで待つか。
「そうか…。此処から出ればリュウサキに会えるのか。」
俺は背後を振り返った。真っ白な長髪をなびかせ、赤い目を見開いたヒサメが立っている。聞かれてしまったか。俺は慌ててヒサメを説得しようと口を開く。
「大丈夫だ、スメラギ殿。私は冷静だ。」
俺は胸を撫で下ろした。さて、この後どうすべきか。
神皇家に納めるお神酒の原料を作っていた村の住民がまるごと神隠しに遭ったとなると、神子が派遣されることは目に見えている。それを見越してリュウサキが罠を仕掛けていたのだとしたら…?全員が鏡に封じられている現状は危険だ。すぐに外に出ないと。
「イクサを呼んでくれ、ヒサメ。」
俺はイクサに事情を説明して、一刻も早く外に出るべきだと伝えた。イクサもヒサメも賛同した。
「まずはボクとヒサメくんだけで外に出て、リュウサキと戦おうかねえ。」
イクサは肩を回しながら言った。イクサの強みは、他人を強化できることにある。ただでさえ強いヒサメの力をさらに強化されれば、リュウサキが相手でも撃退くらいできるかもしれない。
「ごめんなさい。私が癒しの神力を使えたら…。」
イクサは俺の唇に人差し指を立てた。
「キミは手柄を立てすぎだよ。少しくらいボクにも働かせて。」
この人たらしめ。俺は思わず口角を緩めた。
「手鏡くん、ボクら二人を外に出してくれ。」
ヒサメは刀を抜き放った。
「承知シタ。」
二人の身体が光に包まれたかと思うと、姿が消えた。頼むから勝ってくれ。二人がリュウサキに負けたら終わりだ。




