決戦(9)
「…カザハナは?」
俺は目の前のカザハナを見つめた。カザハナは俺など眼中にないかのように、白銀の目でリュウサキを見ている。そこには殺意も怒りもなく、穏やかだった。よく見ると、リュウサキは完全に凍り付いている。それも一見すると凍っていることすら分からないほど美しく。
「わたくしは吾が君にお供致しますわ。永久に。」
リュウサキとカザハナには三百年来の絆がある。死を願うなら、叶えてやるのも温情か。
俺が黙っていると、カザハナは氷柱を作り出した。ヒサメが刀を抜く音がする。カザハナは微笑みながら、その切っ先を喉元に…。
「剣呑、剣呑。」
突風が吹いて来たかと思うと、コガラシがカザハナの腕を掴んでいた。
「放してくださいな。」
「そうもいきません、いきません。拙僧、殿に頼まれておりますから、おりますから。」
「え?」
コガラシの手に霜が降りている。カザハナは気付いていないようだ。
「殿はご自分に万一のことあらば、姫様を逃がすようにと拙僧に申し付けておいででした、おいででした。何があっても、姫様だけは護れと、護れと。」
瞬間移動は厄介だが、神を侮ってもらっては困る。
「この世の何処に逃げようが、俺の手中だぞ。」
「姫様、どうか殿のお気持ちを汲んで下され、下され。姫様をお護りする、ただそのためだけに殿は生きてきたのでございます、ございます。どうか、どうか…。」
カザハナはリュウサキの亡骸を抱き締めた。
「リュウサキ、わたくしにはもう、生きる資格がないわ。それなのに…。」
リュウサキ、か。ようやく名前を呼んだな。
リュウサキの願いはユキを護れる力を得ることだった。それに対して、ユキは、恨みを晴らす力を欲していた。彼女は神皇家の人間として、彼女の正義感に従って行動している。皇宮がツカサに支配されているという不条理を正し、あるべき姿に戻したいという思いから、リュウサキに真実を打ち明けた。皇宮の者に凍死させられそうになった時も、自分の身が凍らないように火の力を願うのではなく、同じ苦しみを味合わせるために凍らせる力を願った。
「カザハナ、貴方の積年の願いは叶った。皇宮を不当に支配していた神は去った。今度はリュウサキの願いを叶えてあげてはどうだ?」
どの口が言うんだという話しではあるが。
「分かりましたわ。わたくしを人間に、ユキに戻してくださいまし。」
「ああ。」
俺はカザハナを人間に戻した。白銀の長髪は真っ黒に戻り、大きな銀色の目は黒くなり、涙で潤んでキラキラと煌めいた。
「コガラシ、お前はリュウサキに殉じるのか?」
「滅相もない、ない。拙僧は修験者に戻りましょう、戻りましょう。」
俺は大天狗を人間に戻した。これで、この場にいる生者は、俺とヒサメ、カバネを除いて人間だけになった。
「イクサ、この後どうすべきだと思う?」
「さあ?ボクたちは危険な妖怪を討伐するために来ましたからねえ。此処には妖怪がいないようですから、新たな命令を待つしかありませんねえ。」
イクサは悪戯っぽく笑う。本当に、気が利いた人間だ、彼は。
「神皇陛下のお意識がないため、俺が臨時で指揮を執る!この場に皇宮の敵はいない。撤退だ!」
「承知しました。」
俺は人型の姿を消した。尽きかけていた神力を更に消耗した。しばらく眠ることになりそうだ。終わった。全てが…。
俺たちは皇宮に戻った。一日が終わってしまう。俺はスメラギの身体に入り、残った力を振り絞って日記を書いた。最後になるかもしれない日記を。
【コウとスメラギの日記】
神皇国にある日記より一部抜粋
7月22日 コウ
こちらのいざこざは片が付いた。入れ替わりの原因も分かったはずだし、もう入れ替わりをやめることができるわけだけど、スメラギはどうしたい?
7月23日 スメラギ
私は日本で暮らしたい。もし、可能ならコウはスメラギの身体に入って、ヒサメさんを幸せにしてあげてよ。




