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さようなら

「マロウド様…?」


 ミヤが俺に声を掛けてきた。ああ、戻ってきた。

 激しい脱力感はあるが、頭痛がしない。俺が神だと自覚して、スメラギの神力が増したから、三宮皇の身体が完全に治ったのか。今や死体まで治すのか、スメラギは。


「ミヤ、ミカド。全てが終わった。ツカサは地上から去り、二度と戻れない。リュウサキは自害し、彼に従っていた妖怪たちは人間に戻した。」

「ありがとうございます。マロウド様、感謝いたします!」


 ミカドとミヤは心底安心したような表情を浮かべている。俺はスメラギの日記を読んだ。そうか。これがスメラギの決断か。


「今日は学校に行くよ。」

「そうか。行ってらっしゃい。」


 俺は支度を済ませて学校に行った。いつもと同じように授業を受け、放課後になった。カズは浮かない顔をしている。


「何かあったのか、カズ?」

「ああ…不知火がそろそろ危なくてな。」


 カズの飼い猫、不知火か。高齢だったからな。スメラギでも老衰は治せまい。


「それは心配だな。」

「寿命だから仕方ないんだけど、辛そうな姿を見るとやるせないぜ。」


 カズは眉根を寄せている。俺は慎重に言葉を選びながら声を掛けた。


「もしも、もしもの話しだが…不知火が化け猫か何かになって、カズと一緒に暮らせるかもしれないとしたら、どうだ?化けてでも一緒にいてほしいか?」


 残酷な質問だ。飼い猫を亡くそうとしている人にするべき質問ではない。でも、俺にはできる。愛猫の存在を歪めて延命することが。不知火の生きたいという願いさえあれば。

 カズは俺を睨んだが、怒りはしなかった。しっかり考え込んでから、口を開いた。


「いや、不知火は真っ当に生き抜いた。後は安らかに眠ってほしい。あいつもきっと、思い残すことはないはずだ。」


 実はカズが正しい。不知火は生きたいと強く望んではいない。だからこそ、カズにこんな失礼な話しをして、不知火の願いを引き出せないかと企んでしまったのだ。もう、やめよう。


「そうだな。無神経なことを言って悪かった。」

「そうだな。みやこーらしくねえ。お前こそ、何かあったか?」


 当然の疑問だな。


「無神経ついでに、悩み相談をしていいか?」

「聞いてやるよ。」


 俺は思っていることが一つある。この釈然としない結末を変えるために、俺が神力を濫用するかどうか、何も知らない親友に相談してしまおう。


「例えば、タイムマシンを作ろうと思えば作れるとして、カズだったらタイムマシンを作って、過去に生じた災害とか事件、事故とかを解決しようと思うか?」

「ぶっ飛んだ前提だなあ、おい。タイムマシンがあるんじゃなくて、作るのかよ。」


 ぶっ飛んだ能力を持っているんだから、仕方ない。


「オレなら、そんなことはしない、かな。」

「どうして?」


 カズは俺をじっと見てから口を開いた。


「そりゃ、災害や事故で被害を受けた遺族なら、それをなかったことにして欲しいと思うかもしれねえ。でも、そんなのきりがねえし、過去を変えたことで未来がどう変わるか分からない。もっと酷いことになったら責任が取れねえ。オレは神様じゃねえんだ。分不相応なことはすべきじゃねえと思うな。」


 困ったことに、人間に相談している情けねえ男が神様なんだよ。ただ、責任が取れねえことに変わりはねえが。


「でもさ、悲惨な事件について耳にするたびに、もしかしたら俺なら助けられるかもしれないのにって思ったらさ、一度試してみようって思わないか?」


 俺が持っている銀の懐中時計。かなりの年代物だ。あれを付喪神にすれば、時間を操る神力を得るだろう。リュウサキとカザハナが人間として生を全うできるように過去を書き換えてしまえば、ミライやリュウサキ、ヒサメの一族など、多くの人を助けられる…かもしれない。


「思わない。」


 カズはきっぱりと断言した。


「もし、オレが明日事故で死ぬとして、今のお前が明後日からタイムマシンで来たんだとしても、オレは同じことを言うぜ。運命は捻じ曲げるべきじゃねえ。」


 俺よりよほどしっかりしているな。


「親しい人を助けたくなるのが人情じゃねえの?」


「そりゃそうだろ。オレだって、目の前でお前が困っていて、自分に助けられそうな時に見捨てはしねえよ。でも、もう起きてしまったことを変えるとか、そういう自分の力を超えた手助けは駄目だ。それはオレの手に負えねえ。どんなに辛くても、思い出すたびにどうにかできたかもしれないと悩んでも、受け入れて前に進まなきゃならねえ。」


 本当に十七歳か、こいつ。何百年生きたか分からん俺よりよほど大人だ。


「そうか。そうだよな。」


「何かあったな?言ってみろ。誰かがオレに危害を加えようとしてるのか?それとも、誰かがオレに何かしたことを知ったのか?」

「そんなんじゃねえよ。」


 冗談みたいな話しでも真剣に答えてくれるのはカズのいいところだが、冗談だと流さなず深く突っ込んでくるところが怖い。


「ふーん、オレの話しじゃなさそうだな。さっきの喩えはもっと壮大そうな印象だった。身近な事件と言ったら、お前が巻き込まれたという文化祭の事件か?あれは男子生徒が突然凶暴化して引き起こしたんだよな。お前もその場にいた。あれをなかったことにできるような何かを知っている、とか?」


 妖怪より怖え。助けてくれ。

 ちなみに、俺が神力を分けてしまった日本の者たちは、全員力を回収しておいた。ミヤとスメラギを除いて。身勝手で申し訳ないが、危険性の方が心配だ。


「タイムマシンがあったら、じゃなくてわざわざ作れるとしたら、と言った。お前が直接的に解決できるわけじゃねえんだろうな。オレを巻き込んでどうにかしたいと思ったのか?場合によっちゃ、協力してもいいぜ?」


 神皇国に連れて帰りたいくらいの逸材だよな。


「いや、いいんだ。カズの言う通り、下手なことはしねえ方がいいと思ったから。忘れてくれ。」

「ふーん、それならいいんだけどさ。」


 俺はカズと別れた。家に帰ると、聖がリビングでテレビを観ていた。


「ただいま。」

「お帰り、兄貴。」


 聖は俺の方を見もせずに言った。


「なあ、聖。何か一つ、神様に願い事をするとしたら、何を願う?」


 聖はテレビから視線を外さない。


「ネコ型のロボットかな。」


 聖は即答した。深く考えていないようだ。ということは、特に強い願いもないのか。俺は聖の願いに意識を向けた。


「聖…。」

「何?」


 俺は聖に向かってシュークリームを差し出した。有名なお店の高級シュークリームだ。


「食べるか?シュークリーム。」

「え、兄貴が甘い物くれるなんてめずらし。」


 だって、あんな可愛いことを願われちゃ、大好物を譲ってあげたくなる。兄貴の病気が治りますように、なんて願われたら。


「俺の気が変わる前に食っとけ。」

「あんがと。」


 俺は三宮皇として過ごしてよかったと心から思った。部屋に戻って日記を書く。


 スメラギの願い、聞き届けた。ミヤには話しを通しておいたよ。今後は、俺がスメラギとして、スメラギが三宮皇として生きよう。


 こんなに弱ってしまった俺に皇宮の守り神が務まるか分からないが、最善を尽くすと誓おう。そのためにも、俺は神皇国にいた方がいい。スメラギの身体に入れてもらえるなら助かるよ。後はスメラギとして上手くやるから、こっちのことは心配しなくていいよ。本当に。ヒサメとの仲なんて心配してもらう筋合いはないからね。


 ミカドとミヤ、聖のことを頼んだよ。後は好きに生きてくれ。何かあったらいつでも転魂していいよ。じゃあ、三宮皇としての今後の人生が幸せでありますように。

【コウとスメラギの日記】

日本にある日記より一部抜粋

7月31日 スメラギ

結局、私とコウは一度も会えなかったね。でも、私は忘れない。どこか遠くで生きるスメラギのこと。さようなら。スメラギ。

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