決戦(4)
「主様は前々から、御自分の持つ力の大きさに耐えられない、できることならただの人間になって穏やかな日々を送りたいと仰せでした。それができないなら、いっそ死にたいとまで…。主様がお望み通り人間として過ごしておられるなら、ツユが神様として扱うこともあるまいと思いまして。」
そうだ。俺の力は多くの望みを叶えたが、多くの悲しみを生んだ。それなら、願いを叶えることをやめればよかったのかもしれねえが、俺は苦しむ人間の願いを叶えずに見過ごせなかった。耳を塞ぎ、目を閉じ、何にも関わらずに過ごせないなら、死んでしまいたかった。しかし、俺には自殺もままならなかった。神である俺には。神殺しの力を持った者に殺してもらえば死ねはするが。
何人かには死にたいと弱音を吐いたことがあったなあ。ツユハライ、ツカサ…リュウサキにも言った。神を殺しうるから。
「ありがとう。俺は自分にできる方法で、ツユハライの献身に報いたい。」
俺はツユハライの頭に触れた。神力を注ぐと、ツユハライの手の亀裂が塞がっていった。
「主様、もったいないですよ!まだ御力が完全に戻っていないのに。」
「悪かった。俺の我が儘でお前を置いて逃げてしまって。辛い思いをさせたな、ツユハライ。」
「主様ぁ…。」
ツユハライはしくしく泣いている。俺は役得とばかりにツユハライの頭を撫でた。ああ、かわいい。俺はツユハライを撫でながらカバネとヒサメに向き直る。
「ツユハライが守ってくれるから大丈夫だ。」
「…だが!」
ヒサメの反論を俺は制した。
「大丈夫。スメラギの身体は置いていくよ。俺の神体を持っていく。ツユハライはスメラギの身体を守っていてくれ。」
「承知しました、主様。」
俺の神体は牛車の車輪だ。持ち運ぶのは少し大変だが、スメラギの身体で行くよりはいいだろう。当たり前だが、神体を破壊されると、俺は死ぬ。本当は神棚に祀っておいた方が安全だ。しかし、今の俺は弱っている。リュウサキと会う時に、神体からあまり離れたくない。
ヒサメが立ち上がった。俺は驚いてヒサメを見た。ヒサメは真剣な眼差しで俺を見ている。
「私は、何もスメラギ殿を案じているわけではない。貴殿のことが心配なんだ。神様は御神体に傷が付いたら一大事だろう?」
「滅多なことじゃ傷付かないけどね。まさかマロウドである俺のことまで心配してくれるなんて。それこそヒサメとは何の関係も…。」
俺が狼狽えていると、ヒサメはさらに詰め寄った。
「関係なくなんて、ない!ようやく巡り合えたのに、大切な時に傍にいられないなんて、嫌だ!私も共に行くぞ、マロウド様!」
俺はにやけてしまわないように口元を押さえた。まあ、ヒサメのことくらい守れる。ヒサメは強い。大丈夫だろう。
「分かった。一緒に行こう。あと、マロウド様と呼ばれるとどうも距離を感じる。もっと呼びやすい呼び方でいいよ。」
「ありがとう、マロウド殿。」
あ、殿はつけるのね。まあ聞き馴染みのある呼び方だからいいや。
「ツカサには話を通してある。カバネ、ヒサメ、ツユハライ、行こう。」
「ああ。」
「分かった。」
「承知しました!」
俺たちはツカサの所に向かった。ツカサはイクサと一緒に話していた。もう御簾は使わないのか。
「早いやん、マロウド。」
「イクサを呼んで何をしていたんだ、ツカサ。」
イクサは驚いている様子がない。ツカサのやつ、俺の正体まで含めて説明をし終えたんだな。まあ、支配する力を使えば秒で納得させられる。
「マロウド様とは知らず、とんだ失礼を…。」
イクサが俺に頭を下げようとするのを俺は止めた。
「やめて、イクサ。」
ツカサはニヤニヤ笑っている。
「イクサも吾と共に行きたいんやって。支配したわけやないで?確かめてもええよ。」
俺はイクサの赤い目を覗き込んだ。確かに、操られている様子はない。イクサなら事情を知ったらついて行くと言いそうだからな。それを見越して声を掛けたのだろう。ツカサは生への執着心が凄いな。
「どんどん人数が増える…。」
本人の意思に反して強引に引き止めるのは、俺の信条に反する。俺はやる気に満ち溢れた人々とやる気のない神を前に溜息を吐いた。
「皇宮の守りが手薄になる。」
「ツユがおれば大丈夫かと存じます。」
ツユハライが胸を張る。守り刀だからな。力を取り戻した今、確かに大丈夫ではあるだろう。
「議論する時間も惜しいか。分かった。行こう。俺はスメラギに神憑りせずに、神体で出掛けるから、少し待ってくれ。」
「え、マロウド、神体を持っていかせるつもりなん?」
普通、神体は神域から出さない。神の安全というより、神気によって周囲に影響が出ないようにするためだ。俺は三宮皇の願いを叶えるために、十年間完全な人間になっていたから、神気の抑え方を心得ている。害はないはずだ。…多分。




