誰が何者か(5)
不意にドンと大きな物音がしたかと思うと、部屋全体がぐらりと揺れた。来た。もう一度衝撃が走ったかと思うと、襖がバラバラに粉砕された。悠然と中に入ってきたのは、身の丈二mを優に超えた、猛々しくも美しい鬼だった。後ろには魑魅魍魎が控えている。
「テメェらは中に誰も入らねェように見張ってなァ。」
「しかし、殿…。」
後ろにいた大入道が屈んで口を挟む。
「小娘に見えてもありゃァ神さァ。テメェらが近寄りゃァ祟られらァ。下がってなァ。」
「失礼しました。ご無事で。」
魑魅魍魎はこの部屋を囲むように広がった。リュウサキはミライに近寄り、ドカッと腰を下ろして胡坐をかいた。俺のことは見えていないようだ。
「久しいなァ、神皇。じゃねェな、ツカサ。」
話をする気なのか?リュウサキの顔は笑っているが、息苦しくなるほどの威圧感を覚える。
「神としての吾が名を知っているのか。マロウドに聞いたな?」
マロウドとは、皇宮の守り神だったはずだ。リュウサキと関係があったのか?
「あァ。マロウドは今どこにいるんだァ?あの神棚はもうもぬけの殻じゃァねェか。」
「マロウドの居場所を知ってどうする?」
「知れたことよォ。殺すのさァ。」
リュウサキは瓢箪を取り出すと、中身を飲んだ。酒の臭いが立ち込める。それにしても神を呼び捨てとは。流石リュウサキだ。
「分かってんだろォがァ、十年前たァ状況が違うぜェ。神皇の兄は今近くにいねェ。テメェが乗り移れる神皇家の血の者はいねェっつうことだ。今殺したら普通に死ぬんだろォ?それに、オレァ、マロウドの力を多く分けられたンだ。もうテメェに操られるこたァねェ。オレの手勢も同じさァ。年貢の納め時だなァ。」
マロウドがリュウサキに力を多く分けたから、ツカサの支配が効かなくなった?変だな。統率が取れていない。マロウドとツカサは共に皇宮を守るために協力する関係性ではないのかもしれない。
「マロウドの居場所は明かせない。」
「オレがマロウドを殺すなら、テメェにとっても悪かァねェと思うがなァ?テメェから見りゃァ、マロウドは裏切りモンだろォが。勝手にオレらに力を与えて逃がしたじゃァねェか。」
少しずつ何があったか分かってきた。リュウサキは皇宮でツカサに操られている妖怪だったが、マロウドがそれを逃がしたんだ。この話し方だと他にも同じ境遇の者がいるようだ。その後、マロウドは皇宮から去り、皇宮にある神棚は今も空らしい。
「前から訊いてみたかった。いつからマロウドは裏切っていた?十年前のあの日にあの数の妖怪が一斉に吾が支配から逃れたとは考えにくい。」
スメラギの両親がリュウサキに喰われた日か?リュウサキの顔が曇る。
「オレァ前々からテメェのやり口が気に喰わなかったんさァ。オレとカザハナはテメェらの陰謀で妖怪にさせられて、無理やり皇宮に使われてきた。三百年前、オレらが妖怪にさせられた時にも一悶着あったらしいが、その後一旦は和解したそうだなァ?だが、実はマロウドはテメェに業腹で、同じような非道があったら容赦しねェと思っていたみてェだぜ。」
つながったぞ。リュウサキとカザハナは人間を妖怪にする術の被害者か。それも三百年も操られていたなんて。そりゃ皇宮に相当な怨みがあるはずだ。
「きっかけは十二年前、テメェがオレを鵺哭森に向かわせた時さァ。ありゃァいくら何でも殺しすぎたなァ。マロウドはあの一族の何人かを妖怪に変えて救おうとしたみてェだが、オレらの戦力の方が上回っちまってた。オレが年端のいかねェガキどもまで手に掛け始めたことで、マロウドのテメェに対する不信感が限界を迎えたみてェだぜ。」
あの事件の命令を下したのは、ツカサだったのか。マロウドはそれに反発して、リュウサキらをツカサの支配から逃れさせたと。リュウサキはツカサを殺そうとして十年前に先代の神皇と皇配を喰ったが、ツカサは神皇の娘であるヒジリに乗り移った。そして今、リュウサキはヒジリを殺してツカサを殺そうとしている。どうしてリュウサキはマロウドまで殺そうとしているんだ?逃がしてくれたのに。




