誰が何者か(4)
「陛下は安全な場所にいらしてください。俺は戻ります。止めないと誓ってくださいますか?」
陛下は深い溜息を吐いた。
「せいぜい気ぃ付けや。」
「…邪魔しないでくださいますよね?」
「抜け目ないやっちゃな。しゃあない。誓ったるわ。少なくとも今日一日は、汝の邪魔はせえへん。支配する神、ツカサの名に懸けて誓う。」
神としての名に懸けて誓ったからには破れないはずだ。一安心だな。しかし、カバネはどうしたらいいのだろう。一応敵か?何回か助けられている気はするが。
「その案内人はどうします?」
「もう用済みやわ。処分したってええんやけど、何か使えるやろか。あ、そういや、これは鬼神の躾に使った人間の成れの果てやんな?あの鬼神と戦わせたらええんちゃう?」
「何てことを!」
俺は怒鳴った。カバネも凄まじい殺気を放っている。陛下は意外そうな表情をしている。
「昔っから意見が合わんかったけど、そんな怒るん?鬼神が動揺してくれたら、被害が減るやんか。合理的やろ?」
『納得してくれへん?』
カバネの殺気が消えた。陛下を不気味そうに見ていた者たちからも動揺が消え去った。実に穏やかな様子で、まるでこれが天気の話題だったかのような落ち着きぶりだ。不自然極まりない状況に虫唾が走る。食事したばかりだったら吐いていたことだろう。
「私の邪魔はしないと誓いましたよね?彼とリュウサキを戦わせることは、私の邪魔になるのでやめてください。」
ざあっと風が吹いて、陛下の長髪がたなびき、表情が一瞬隠れた。
「汝がそう言うならええで。ほな、どうしよか。思ったより強そうやし、汝の護衛にしてもええな。前のは汝と縁が切れてもうたやろ?汝の正体が分かった以上、護衛を強化しておきたいもんなあ?どや?」
陛下は無邪気に言った。俺は陛下の、俺やカバネを無視した物言いに嫌悪感を覚えた。人格を無視されているように感じるんだが。
「後で考えます。」
「慎重なんやね。ええことや。」
陛下はぐるりと振り向き、カバネを見上げた。カバネは手が震えて陛下を斬れずにいる。
『吾に従え。刀を納めよ。』
カバネは短刀を納めた。その姿は操られているというより、それが当然と思って疑わないような様子だった。不気味だ。
「では、失礼します、陛下。」
「はよ行きや。」
俺は陛下に一礼すると、皇宮に向かって駆け出した。まあまあ遠くまで来ていたので、時間が掛かる。皇宮の周りは普段とあまり変わらないように見えた。強いて言えば、人が少ないくらいで。俺は陛下の御所まで走った。
「ミライ!」
御所には御簾が下がっていて、中に一人分の人影がある。俺は迷わず御簾に手を掛けた。中にいたのは、聖にそっくりな女性だった。
「待ってた、コウ。ううん。貴方は厳密にはコウじゃない。まだ思い出してないだけ。」
この話し方はミライだ。聖のこんな表情を見るのは、聖が育てたアサガオの鉢に躓いて倒しちまった時以来だ。
「どういうこと?」
「そのうち分かる。」
俺がコウじゃない?何を言ってるんだ。スメラギじゃないどころか、コウですらないなんて。じゃあ俺は何なんだ?
「これを渡しておく。後で読んで。」
ミライは俺に文を手渡してきた。俺はそれを受け取って懐にしまう。
「リュウサキが来るんだろう?備えは大丈夫なのか?」
「全然。」
「じゃあ逃げよう。話しはそれからだ。来て。」
俺がミライの手を取ると、ちくりと痛みが走った。ミライは自分の右手から何かを外す動作をした。きらりと光が見えた。針か?
「赦さなくていい。」
頭がクラクラする。毒針だった?どうして?
「今まで多くの未来を視てきた。その中でも、陛下の描く未来は、一番流れる血の量が少ない未来だった。」
ミライは身体の自由が利かなくなった俺を部屋の隅に押しやり、何やら術を掛け始めた。周囲に結界のような見えない壁が組まれるのを感じる。
「貴方の描く未来は、たくさんの血と涙が流れる未来。何かを切り捨てれば得られるはずの幸せを取りこぼしてしまう未来。最善とは程遠い。」
「やめろ…。何をするんだ。逃げないと!何なら、俺が代わりに残る!」
ミライは首を横に振る。その目はまったく迷いがなく真っすぐで、本物の陛下ではないかと錯覚するほど威厳に満ちていた。
「でも、貴方の描く未来で視える笑顔の方が眩しく見えた。だから、その未来を掴んでみたくなった。」
周囲が騒がしくなってきた。あいつが来たのだ。神に近しい鬼、リュウサキが。
「俺の描く未来を視たなら分かるだろ。たとえリュウサキが将来人々に害を与えるとしても、それを止めるために誰かが犠牲になるなんて許せねえ!」
ミライは俺の声を完全に無視している。俺は見えない壁を叩いたが、壊れる気配は全くない。物理的に壊せる代物ではなさそうだ。




