誰が何者か(3)
おかしい。カバネがリュウサキを裏切って居場所を密告することなどあり得ない。これは恐らく嘘だ。それより問題なのは、陛下の行動だ。ミライならば簡単にカバネの嘘など見抜いたはず。それなのに、カバネの案内に従って、宮中の戦力をほとんど動かした。その上、わざわざミライに化けさせて陛下を外に出している。何のために?
「今日、宮中で何かあるのですか?」
「気にせんでええよ。ここにおったら安全やから。」
「宮中は安全ではないということですか?」
陛下は溜息を吐いた。俺の方をじっとりと睨んでいる。
「吾があの子を危険に遭わせたみたいに言うやん。あの子が自分から言うたんやで?奴らの皇居襲撃計画に合わせて、罠を仕掛けるんやって。危ないからこの器は神子たちと兵を連れて外に避難するよう言われて、従っただけやから。」
カバネが立ち上がったが、イクサに押さえられた。罠という言葉に反応した?
「奴らって、リュウサキですか?」
「せや。皆で迎え撃っても良かったんやけど、十年前のこともあるからな。この器は未婚やから、今度同じことが起きたら血が絶えてまう。避難しとこ思てあの子の提案に乗ったんや。汝がおると知っとったら、宮中から出んかったのに。」
陛下は俺に微笑みかけた。聖と同じ姿でこうもしおらしいと違和感がある。
「あんなに宮中の警備が手薄で大丈夫なんですか?ミライに危険はないと言い切れますか?」
イクサが俺と陛下を不安そうに見ている。俺の態度にハラハラしているようだ。失礼だろうが何だろうが、ミライが心配だ。
「何度も言うたやんか。吾はこの国全体のことを考えとるんやって。多少犠牲が出てもあの鬼神に打撃を与えるにはしゃあないやろ。自分の命と引き換えにしてでも鬼神に一泡吹かせるんやって、あの子も言うとったで。犠牲を恐れて何もせん方がタチ悪いわ。」
陛下は平然としている。何なら俺に苛立ちさえ覚えているようだ。俺は立ち上がると、今来た道を引き返そうとした。
「戻るつもりやないやろな?」
「戻ります。」
「堪忍してや。吾が無事でも、汝に何かあったら意味ないねん。」
スメラギも神皇家の血を引いているからか?陛下に何と言われようと、俺は皇宮に戻る。皇宮への不信感もあるし、何か嫌な予感がする。陛下はあまりに胡散臭い。
「スメラギくん、その辺にしておこう。陛下の護衛は兵士らで事足りるはずです。ボクたちだけでも皇宮に戻ってリュウサキと戦わせていただけませんか?」
イクサは丁重な口調で割って入った。カバネはそろそろとイクサから距離を取っている。
「ほら、面倒なことになったやん。これやから下界の者らと話すんは嫌なんや。」
やれやれというように肩をすくめた陛下が真顔になると、空気が一気に張り詰めた。さっきのように神特有の威圧感を放っているわけではないが、身の危険を感じる。
『吾が帰る言うまで、全員ここにいてもらうで。』
抗いがたい魅惑の調べが聞こえてきた。
「承知しました、陛下。」
皆が一斉に言った。陛下は薄ら笑いを浮かべている。
「最初からこうしとけばよかったわ。」
「何をしたのです?」
「汝には効いとらんようやな。この国に住む者やったら、吾の支配から逃れられへんのやけど。」
俺がスメラギではないからか?日本に住む俺には、支配の力も及ばない?不思議に思っている俺を差し置いて、陛下はなぜか驚いた風でもない。
俺は皇宮の方へ走り出した。多分陛下とは話しても無駄だ。取り敢えずミライを助けよう。
「行かせへん。」
『今の命令は取り消しや!吾が兵士らよ、彼を取り押さえろ!』
その声音に酔ってしまいそうになるのを堪えて、俺は振り向いた。兵士たちが一斉に迫ってくる。武器を構えながら。視界が鈍色に覆われる頃、轟音と衝撃が走ったかと思うと、兵士は吹っ飛ばされていた。何が起きた?
「動くな!」
気が付くと、陛下の後ろにカバネが立っていて、その首元には短刀が突き付けられていた。俺の方に向かっていた兵士たちは動きを止め、カバネに武器を構えた。
「妖怪風情が…この器を壊すつもりか!」
カバネが敵になったら終わりだ。俺は咄嗟に叫んだ。
「黙れ!次に怪しい真似をしたら神といえども斬るぞ。口を開くな。」
陛下の唇は血が滲みそうなほど噛み締められている。どうやら、一睨みで俺を殺す力はないらしい。声さえ封じれば取り敢えず大丈夫なのか?相手は神だ。油断はできねえ。




