誰が何者か(2)
「戦争かあ。久々に腕が鳴るね、二人とも。」
イクサは赤い目を細めた。思ったより乗り気なんだな。ミライはじっとりした目でイクサを見ている。
「…申し訳ありませんが、今日の私はお役に立てなさそうです。」
「調子が悪いのかい?」
イクサは俺の額に手を当てる。熱はない。俺は困って微笑んだ。
「神力が使えないんです。ちょっとあの場では言いづらくて…。」
ミライが目を瞬いた。イクサは顎に手を当てる。
「まあ、どうにかなるかな?ミライくんが止めなかったってことは、大丈夫なんでしょう?」
ミライはこくりと頷いた。本当だろうか。ミライは多少の犠牲を気に留めないからな。
「神子様がた、敵の拠点まで案内仕ります。」
聞き取るのもやっとの声量で静かに話し掛けてきたのは、笠を目深に被った人物だった。若い男性だろうということは分かったが、顔の上半分は全く分からない。
「ああ、よろしくね。じゃあ行こうか。」
俺たちは男性の案内に従って皇宮を後にした。今回の作戦は奇襲なので、派手な移動方法は使えない。隠密行動用の術を掛けてもらって徒歩で進軍することとなった。
ミライの息が上がってきた。前に会った時も具合が悪そうだったし、まだ十四歳だ。そろそろ休んだ方がいいのではないだろうか。
「ミライ、大丈夫?」
「うん。」
俺はミライの荷物を持ってあげようと手を伸ばした。ふと手が触れてしまう。ミライが足を止めた。嫌だったか?
「あ、ごめん。」
「そんな。何故、今まで気付かんかったんや。」
ミライは俯いたまま言った。異常を感じたのか、イクサが全軍を止めた。
「久しぶりやなあ。戻ってきてくれたん?」
俺を見つめながら目を輝かせている少女は、ミライではない。そんなはずがない。彼女の笑顔など、嘲笑と冷笑以外でついぞ見たことがないのだから。誰だ、この幼気な少女は。気味が悪い。
「お前、何者だ?」
「ホンマに分からんことある?あ、弱っとるんか。堪忍な。ここで明かすんは嫌やわ。作戦実行中やもん。」
声も姿形も間違いなくミライだが、絶対に彼女じゃねえ。待てよ?こんな現象、前にもあったような…。
「変化、或いは幻術か?本物のミライはどうした?」
俺は護身用に持ってきた刀を抜いた。ミライに似た何かは両手を上げる。
「無事に皇宮におるから安心してや。そもそもこれ、あの子の発案やし。」
考えてみれば、あれほどの神力をもつミライが、人知れず攫われたり閉じ込められたりするはずがねえ。ミライはこいつが自分に扮するのを許したということか?
「スメラギくん、下がって。」
イクサが拳を構えると、偽ミライはガラス玉のような青い目をイクサに向けた。
『動くな。』
偽ミライから発せられたのは人間の声ではなかった。琴の付喪神が奏でる調べより甘美で、脳が揺れるような妙な感覚に襲われた。
イクサが動きを止めた。それどころではない。周囲にいる人々が一斉に動きを止めた。この威圧感は覚えがある。祀られた神に近しい存在だろう。神子より強い神力を感じる。
ミライに化けることを許される存在であり、神と等しい力を有した人物。そんなの一人しかいねえ。この国を統べる者にして、神憑りを行える人間。神皇陛下だ。
「知らぬこととは言え、陛下にとんだご無礼を…。」
偽ミライは口元を隠し、上品に笑っている。
「ようやっと分かったん?ホンマ鈍いわあ。まだ言わんといて欲しかったんやけどな。」
認めた。神皇陛下が宮外に出るなど、只事じゃねえ。
「もうええよ。狐。」
「承知しやした。」
近くにいた狐姿のイネが答えると、偽ミライの姿が変わった。よく見知った顔だ。日本では毎日会う妹の顔と瓜二つ。黒髪に黒い大きな目の可愛い女の子だ。
「吾は神皇国、第百二十四代神皇、ヒジリである。礼を尽くせ。」
全員が一斉に跪いた。俺もそれに倣う。声も聖とそっくりだが、威厳が違う。五歳にして即位し、十年間統治者として君臨しているだけのことはある。
いや、一人だけ突っ立っている。案内人だ。
「神皇じゃと?」
俺はハッとした。この声は…。
俺は案内人の肩に手を掛け、耳元で囁く。
「カバネだな?」
無反応だったが、カバネだ。よく見ると笠の隙間から覗く顔がカバネで間違いない。手配された妖怪の身で、大胆にも皇宮にやってきたらしい。リュウサキ一味の居場所を知らせたのがカバネだったのか。
「跪け。陛下の御前だ。」
俺の言葉に合わせて、カバネは膝を折った。いくら何でも多勢に無勢ということだろう。俺はカバネの正体を明かすことを思い止まった。




