神隠し(4)
「止めるんだ、ヒサメくん。」
イクサの声と同時にヒサメが飛び退いた。イクサは瞬時に距離を詰め、ヒサメに殴りかかった。ヒサメは刀で応戦する。強化されたイクサは雨のように降り注ぐ刃を捌いてしまう。
「邪魔をしないで頂きたい!その女はリュウサキの手先だ!」
トラは恐怖で腰が抜けているようだ。俺はヒサメから目を離さないように気を付けながら手を差し伸べた。
「大丈夫ですよ。守りますから。」
冷静に考えれば、トラがリュウサキの手先なら、あの場でリュウサキの特徴を話すはずがない。ただ、この状態のヒサメを説得する自信はない。夜叉という妖怪であるヒサメは、人間とは異なり、破壊衝動に呑まれることがある。リュウサキの話を聞いて、完全に我を忘れてしまったようだ。
イクサは刀で斬りつけてくるヒサメに素手で立ち向かっている。よくあの刀捌きに付いて行けるものだ。何度見てもあの刀捌きは惚れ惚れする。芸術の域だ。
ヒサメの刀がイクサの脚を斬りつけた。イクサが一瞬怯んだ隙に、ヒサメはこちらに駆けてきた。刃がトラに迫りくる。俺は咄嗟に動いた。
「退いてくれぬか、コウ…スメラギ殿。」
俺がトラの前に立ち塞がると、刃は俺の眼前で静止した。
「落ち着こう、ヒサメ。どうして彼女が無事だったのか、リュウサキに会ってから何があったのか、まずは全て聞いてみよう。な?」
「…。」
ヒサメは長く息を吐き、無言で刀を納めた。破壊衝動が収まったのか。
「トラさん、大丈夫ですか?」
トラはヒサメを見ながら俺の着物の裾を掴んで放そうとしない。目は見開かれており、手は小刻みに震えている。
「あー、ヒサメは一旦外に出ていてくれない?」
「ボクと一緒に山を調べようか、ヒサメくん。」
ヒサメは不安そうに俺を見ている。トラがリュウサキの手先だと疑っているから、俺を残したくないのか。
「ヒサメ、お願い。私は大丈夫だから。」
ヒサメは一礼すると出て行った。イクサも後に続く。トラが落ち着くのを待ち、話し掛ける。
「落ち着きましたか?」
トラは小さく頷く。
「山に入って鬼に遭って、その後どうなったのか聞かせてもらえますか?」
「わ、分からんのです。おら、恐ろしゅうて、気を失って…気がつ、付いたら村の中におったんです。子らも一緒におりやした。」
それは興味深い。俺は俄然身を乗り出した。
「リュウサキは何か言ったり何かしたりしませんでしたか?」
「おら、すぐに気を失ってしまったもんで…。」
「それは残念。貴方のお子さんは何か見ていませんか?」
女性は必死に首を横に振った。
「夜だったもんで、こ、子どもらは寝てたんです。」
「夜に山越えを?」
「よ、夜逃げなんで、仕方なかっ…たんです。」
女一人で眠った子どもを連れて山越えなんてできるのか?野犬に襲われたり、転んだりする可能性もあるのに。
「お子さんの年齢は?」
「上の子が五歳でその次が三歳、一番下は一歳です。」
まともな目撃情報は期待できないか。トラが怯えているし、巻き込むのは止めておこう。
「リュウサキが持っていた物で珍しそうな物はありませんでしたか?」
「すぐ気を失ったもんで、な、何も見とりません。顔が辛うじて分かったくらいで…。」
使えねえな。俺は落胆を表に出さないように気を付けた。
「村で目覚めた時、気を失ってからどのくらい時間が経っていましたか?」
「えー、多分鬼に遭ったんは丑の刻の終わりくらいで、目覚めた時も暗かったように思いやす。夜明けまでも時間があったんで、寅にもなっとらんのじゃないかと。」
つまりせいぜい三十分しか経っていないと。
「ちなみに、リュウサキに遭った場所から村まではどのくらい時間が掛かるのですか?」
「一刻は掛かるかと。」
二時間か。リュウサキの足なら三十分で着くかもしれないが、あいつが女子どもを家に送り届けるとは思えない。妖怪か付喪神の仕業かな。リュウサキに勝てるほどの力を持った妖怪がそういるとは思えないが。
「では、リュウサキ以外に山で珍しいものを見ませんでしたか?」
「いえ、何…も?」
俺は次の質問をしようとしたが、そこに息を切らせてイクサがやってきた。早すぎる。せいぜい十分少々しか経っていないのに、山を調べて帰ってこられるはずがない。
「どうしました?」
「山へ行けなかった。というより、どうやっても村の外に出られないのさ。」
「は?」
「ボクらはこの村に閉じ込められているのかもしれないってこと。」




