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十二年越しの祟り(9)

 リュウサキは拳を構えた。凄まじい闘志を感じる。

 ああ、これが彼なりの優しさなのか。神を殴ってみせたのも、こうして挑発しているのも、カザハナを庇うためだろう。自分に祟りを集中させてカザハナを逃がそうとしているな。


「…リュウサキ様は、儂らの一族を滅ぼそうと思うてなさったことではありません。あくまで責は皇宮の連中にある。」


 カバネはまだ毅然としている。この信頼関係だって、リュウサキが噂通り非道な鬼畜だったらあり得ない。


「では、この鬼と雪女に関しては置いておくとして、皇宮の者であるその人間はどうじゃ?」

「当時彼は五歳でした。それに、その後、破壊衝動に呑まれたヒサメを鎮めて皇宮に居場所を与えたのは、他でもない癒しの神子です。」


 ヒサメとは何だろうと考えてみたが、心当たりはない。何か不自然に沈黙が流れている。急にどうしたというのだろう。不気味だ。


「それはこの者のことではなかろう。」

「ああ、ヒサメには見えていないんです。それでも、彼のことですよ。」


 皆の視線は、カバネの隣に誰かがいるかのようだった。助けを求めて辺りを見渡すと、もっと混乱している様子のカザハナと目が合った。


「そこに何がいるんですの?」


 カザハナの声は震えている。俺は思い出した。カザハナとカバネは縁が切れている。この様子だと、カザハナはカバネのことを認識できていない?


「儂らのために仇を討とうとしてくださって、ありがとうございました。しかし、彼らは仇ではなく恩人です。どうか祟りをお鎮めください。」


 カバネの声がした。カザハナには聞こえていないようだ。


「口惜し。善人めいて悪人まで救はんとするなら、それは悪しきことと何ぞ異なるべき。」


 『悔しい。善人のふりをして悪人まで手を差し伸べるなら、それは悪と何が違うのだろう。いや、何も違わない』か。これは誰に向けた言葉なのだろう?カバネか?


「貴様のことじゃぞ。一度会うたに気付かぬと思うてか。のう、『神の宿り子』よ。」


 え、俺?あ、スメラギが来たことあるのか。


「すみません。仰る意味がよく…。」

「臥龍の尾を踏もうとは思わぬ。何も言わぬぞ。」


 じゃあ最初から何も言うなよ。意味深なことばかり言いやがって。


「産子らに免じて祟るのはやめよう。貴様のもつ笛は風の精霊と交信する代物よな?ここで吹いて二人とも去れ。」


 身体の熱が収まった。足を見ると完全に元の色に戻っている。リュウサキとカザハナも同様のようだ。

 良かった。このまま神がいなくなれば、リュウサキたちに何をされるか分かったものじゃない。俺は風笛を取り出した。ん?二人って俺と誰だ?いや、どうでもいい。早く帰ろう。


「失礼致します。」


「待ちなァ。こっちの用はまだ済んじゃァいねェ。」


 リュウサキは殺気立った眼差しで俺を見ている。神に引けを取らない威圧感だ。


「これ以上軽んじられるのは我慢ならぬ。行けと言うたら行け。」


 俺は笛を吹いた。柔らかい音色が響くと、風の精霊が現れた。リュウサキが俺に向かって伸ばした左腕は、虚しく空を掴んだ。俺は精霊に連れられて、皇宮に帰った。


 さて、思いがけず色々なことを知った。これはあくまで俺の所感だが、リュウサキたちが一概に悪だとは言えないのではない気がする。無論、スメラギの両親である前皇陛下と皇配陛下を喰い殺したということが事実であれば、それは許されない大罪だと思うが。何か訳ありなのかもしれねえ。


 俺は深い溜息を吐いた。それより問題は皇宮のことだ。裏があるのは間違いないとして、一体誰が味方で誰が敵なんだ?スメラギの妹御である神皇陛下は裏事情をご存知なのか?イクサやミライは?まさかスメラギはまともだよな?


「俺の病気は、本当に『治せない』のか?」


 この間、俺は初めてスメラギの身体で致命傷を負って、スメラギの護符で治した。致命傷でも治せると聞いてはいた。でも、まさか頭を吹っ飛ばされてもくっつけられるとは。改めてスメラギの神力の大きさを感じるとともに、一つの疑問が生じた。首が飛んでも一瞬でつくなら、脳の病巣などどうとでもできるのではないか?


 よそう。スメラギを疑うなんてあまりに失礼だ。少なくとも、スメラギは悪い人ではない。どうして俺は他に信頼できる人の一人でもいないのだろう。週に一度程度しかこちらに来ていないとはいえ、十年だぞ。


「どうしたらいいんだ…。」


 もっと言えば、日本にいる俺の父さんも気になるんだよな。結局、文化祭の事件を予測できていたことが証明された。正確に予測できていたわけではなさそうだが、どうして分かったんだ?


「日記の内容も考えねえとな…。」


 不用意なことを書くと、リュウサキを憎むスメラギが俺に不信感を抱く可能性がある。俺は下書きを繰り返しながら日記をしたためた。

【コウとスメラギの日記】

神皇国にある日記より一部抜粋

7月10日 コウ

鵺哭森の産土神に会ったことがあるの?知り合いのような口ぶりだったけど。祟られたよ。

7月11日 スメラギ

いや、知らないよ。神様だから私のことを知っておられるんじゃないかな?それにしても、直接祟られるなんて相当な怨みがないとあり得ないけどなあ。

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