十二年越しの祟り(8)
「刹那の花、銀世界の使者よ、我が身に受けし不浄をあるべき場所に帰せ。」
カザハナの声がした。カザハナの身体が淡く白い光に包まれた。いや、粉雪か。足の赤紫が完全に消えた。産土神は声を荒げた。
「呪詛返しだと?身の程を知れ!」
俺の熱さも和らいだ。足の赤紫も広がってはいない。
「行こう、みんな。この方は土地神だから、離れれば祟りが弱まるはずだ。」
俺たちは神社から出ようとした。もう少しというところで、目の前に真っ白な髪をした子どもが出現した。顔は黒く塗りつぶされたかのように見えない。身体は所々赤紫色でドロドロと溶けている。悍ましい。ああ、無理に顕現したな。
「逃がサ…なイ…。」
脳が掻き回されるような気持ち悪さを感じた。祀られた神と呼ばれる者と対峙するのは二回目だが、一向に慣れない。俺はツユハライとカザハナの前に出て、産土神を見つめた。二人は動けそうにない。
「我が産子ノ仇…。」
赤紫色で溶けかけた腕が迫ってくる。避ければ後ろの二人に当たる。俺は祟られる覚悟を決めた。
俺の顔が神の手に覆われる直前に、突然視界が開けた。べちょりと不快な音が響いたかと思うと、大きな背中が目の前にあった。金色の髪と黒い角、隻腕の鬼が悠然と立っていた。
「吾が君、祟りを受けます。おやめください。」
カザハナの声が聞こえる。リュウサキの視線は禍々しい神に注がれていた。その左手の拳が赤紫に染まっているのは、畏くも神を殴ったからだろう。
「貴様から来てくレるとハな!妖怪風情が調子に乗っテ…。」
産土神の言葉を遮って、リュウサキの拳がその頭に命中した。べしょり、ぬちゃりと無数の音が響く。その身体はもう人の姿を模しているとは言い難い様相に変貌していた。
「吾が君!」
カザハナは懸命に足を動かしたといった足取りで、リュウサキの足に縋りついた。リュウサキはそんな健気な彼女の様子など意に介さないのか、神を殴り続けて赤紫に染まっていく。その肉食獣のような瞳孔は開き切っており、真顔も相まって拳を向けられている訳でもない俺でさえ過呼吸を起こしそうだ。
グシャッと依り代が完全に壊れる音がした。神の形は雲散霧消して、リュウサキの拳は地面にめり込んでいた。終わった。祀られた神を殴り殺しやがった。リュウサキの身体は左腕を中心に赤紫の変色が随所に見られた。きっと激痛に苛まれているはずだ。
「主様、お下がりを。」
ツユハライが前に出ようとした。ひび割れた手が見える。
「其方の本体に戻りて、狭間に存する身を休めよ。ツユハライ。」
ツユハライは振り返り、俺に手を伸ばそうとしたが、その小さな指が俺に触れる前に、その姿は短刀へと戻ってしまった。
「祟りが消えねえな。」
俺はぼそりと呟いた。御神体が健在だから当然だ。あれは本体ではなく、あくまで人を模した姿。いくらリュウサキが鬼神のごとき強者でも、御神体の破壊は難しいはずだ。だが、あれほどの祟りを受けては、たとえこの地を離れても無事で済まねえだろう。
「どうにか怒りを鎮めることはできないか?皇宮が元凶だろうに殺し合うのは胸が痛む。」
リュウサキは俺が話し始める前に本殿へと歩き始めており、俺の言葉を受けてその足取りが変化したようには見えなかった。本気で神殺しをしようというのか、この男は。立っているのもやっとだろう、その身体で。
「赦さぬ…。この怨み、永劫に忘れはせぬぞ…。」
大声でもないのに、ここまで神の声が聞こえる。胃をじわじわと握られているかのような嫌な感覚だ。リュウサキはもう本殿に到着する。
「お待ちください!」
背後から声がした。カバネが白い髪を振り乱しながら本殿に駆け出していた。
「神様!彼らは儂ら一族の生き残りを匿ってくれた恩人なのです!どうかお怒りを鎮めて頂けませんか。」
どうして彼がここに?かつてこの森に住んでいたとはいえ、タイミングが良すぎる。
「可愛い我が産子よ、哀れにも騙されておるぞ。そもそも其方らの一族を襲ったはこの者らじゃ。その後何をしようが、罪を贖えるわけもない。」
「存じております。」
カバネは淀みなく答えた。
「…何?」
「襲撃された際にリュウサキ様のお姿をお見受けしました。しかし、その後、生き残って夜叉と化した儂を保護してくださり、育ててくださいました。儂の剣技を磨き、破壊衝動に襲われても相手してくださいました。リュウサキ様は父も同然です。それでもリュウサキ様を害すると言うならば、儂はリュウサキ様をお守りするために戦います。」
カバネはきっぱりと言い切った。
「何故其方たちが襲撃されたのかは知らぬようじゃな。」
リュウサキが拳を握り締めた。
「人間を妖怪にする秘術が皇宮に存在すると知ってしまったからだと。」
「どうしてその秘密を知り得たか、そこな鬼よ、言うてみい。」
カバネはリュウサキの方を見た。リュウサキは深く息を吸って言った。
「オレがテメェの一族のモンに教えた。」
「吾が君は、皇宮に囚われた者たちを救おうと思って…。」
カザハナが割って入るのを、リュウサキが手で制した。
「理由はどうあれ、オレのせいさァ。ケジメをつけろってんなら、サシでやろうぜェ。」




