十二年越しの祟り(4)
まあ、誰にも見つからないように移動することなど俺にはできないので、神皇陛下から外出許可をもらわなければならない。神子への外出許可は割と簡単に出るので、さっさと許可を取ってしまおう。
陛下が偶然御所にいらしたので、俺は拝謁する羽目になった。お付きの方に許可を取れれば良かったのに。御所には龍を描いた金屏風や紫色に輝く霊石など、美しい調度品が並んでいる。年季の入った神棚まである。何時ぞやの『梅花精霊図』を見つけて、俺は口角を緩めた。やはりこれはここにあるべきだ。
「スメラギ様、どのようなご用件ですか。」
宮内庁の女性が言った。御所の一角にある御簾の中から。二人分の人影が見えるので、神皇陛下とお付きの方がいらっしゃるようだ。
「鵺哭森に行く許可をいただきたく存じます。」
陛下とお付きの方が話している。いちいち面倒だな。仮にも兄妹だし、言葉を交わすくらいいいだろうが。
「理由を述べてください。」
理由なんて聞かれたの初めてなんだけど。何なら、本人が許可を取らなくてもいいくらいの緩さだったくせに。
「リュウサキの配下、カバネの暮らしていた地なので、調査しようと思います。」
神皇陛下の表情どころか声色さえ分からねえ。実質、SNSのやり取りと変わらねえからな。
「その必要はないと仰せです。」
ん?
「既に調査は行いました。スメラギ様が行く必要はありません。故に、陛下は外出を許可しないそうです。」
「カバネと対峙した私だからこそ分かることがあるかもしれません。成果をお約束することはできませんが、損にはならないはずです。」
俺は弁明した。怪しい。今まで外出許可が出ないなんてことなかったのに。皇宮がカバネの一族を夜叉にしたり殺したりしたという話が急に現実味を帯びてきた。神皇陛下はその時三歳だから、直接加担したわけではないだろう。それでも俺はショックだった。聖と重ねて見てしまったせいだろうか。陛下が皇宮の闇を知っていたかもしれないというだけで裏切られたような気持ちになった。
陛下からの返答を待つ間、俺は今更失言を自覚した。鵺哭森に行きたがることは不自然ではないが、断られたのに食い下がることはスメラギとしては珍しい。俺が皇宮の秘密に気付いてしまったと勘付かれたか?
「そこまで言うなら、許可すると仰せです。護衛にヒサメさんを連れておいでください。偶然にも、本日そこで人と会うそうですから。」
「ヒサメって誰です?」
監視役がつけられた。それも聞いたことのないような人物が。
「大丈夫です。スメラギ様には見えず、聞こえないでしょうが、陰ながらスメラギ様をお守りしますので、ご安心を。」
不安しかない。そういう隠密型の妖怪か何かってことか?精霊か使役された妖の可能性もあるな。付喪神なら、手渡さないと同行させられないだろうし…。
あれ、今何について考えてるんだっけ?
「取り敢えず、外出許可が出たのですよね?」
「ええ。」
ここまで来たら行くしかない。急いで行って帰ろう。
「風の精霊に送らせるそうです。お帰りの際は風笛にてお知らせを。」
それは助かる。徒歩で行こうと思うと骨が折れる。
「ありがとうございます。それでは。」
「くれぐれもお気を付けて。」
俺は陛下の御所から下がった。ツユハライと護符を懐に忍ばせ、風の精霊に会いに行く。
その姿はほとんど無色透明だが、景色の揺らぎによってその存在が認識できる。絶えずたなびいている、髪の毛に見える部分が身長より長い。一m五十cmはあるだろうか。何せ見づらい存在なのではっきりとは分からない。寧ろ運んでくる空気の流れや香りの方が存在を認識する役に立つ。
「鵺哭森までお願いします。」
反応はなかったが、身体がふわりと持ち上がる感覚がした。春の花の香りを運んでくるそよ風に包まれたような感覚だ。移動しているようには感じないのに、周囲の景色は流れるように過ぎ去っていく。この過ぎ去り方は、車だったら時速六十kmくらいか。到着まで休めそうだと、俺は目を瞑った。
風の精霊に連れられて、鵺哭森に辿り着いた。鬱蒼とした森だ。
「ありがとうございました。」
反応はなかったが、空気の揺らぎが遠ざかった。さて、調査に向かうとするか。俺は森の中へと足を踏み入れた。




