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十二年越しの祟り(3)

 俺はイクサと共に神殿に向かった。白い布が掛かった祭壇の左右に蝋燭の灯が灯り、供え物が並べられている。荘厳なのに、何か空々しい雰囲気を感じさせるこの場所のことが、俺はあまり好きではなかった。


「マロウド様、日々のお導きに感謝いたします。」


 イクサは祈りを捧げた。俺も隣で正座をして頭を下げる。俺はイクサに促され、縁切りの神に誰かとの縁を切られたことをマロウド様に相談した。縁を切られた相手の名前は思い出せなかったが、イクサがフォローしてくれた。その記憶すらもう零れてしまったけど。


 マロウド様から反応はなかった。俺の知る限り、反応があったためしがない。そもそも、マロウド様は皇宮の守り神だったはずだ。切れた縁を結び直すなんてできるとは思えねえ。それに、俺にとっては完全になかったことになっている縁だから、結び直したいとも思えねえのが現状だ。イクサが親身になってくれる辺り、少なくともスメラギにとっては大切な存在だったのだろうが。


「反応はないねえ。」

「そのようですね。」

「ミライくんに相談してみようか。」


 俺は頷いた。神殿から出る時、振り返ると蝋燭の炎が風もないのに揺らめいて見えた。


 俺とイクサはミライの所へ行った。前回会った時と比べ、ミライは明らかに顔色が悪く、やつれていた。


「ミライ、顔色が悪いようですが…?」

「え、言われてみれば…大丈夫かい?具合が悪いならボクたちはお暇するよ。」

「平気。」


 ミライは簡潔に答えた。表情は全く変わらない。イクサは心配そうにミライの顔色を窺ったのち、俺の方を見た。俺には…治せない。俺が説明しようと口を開くと、ミライの冷静な声に遮られた。


「話しを。」

「体調が良くなってからでいいよ。」

「私の個人的な話ですから。」


 ミライは目を開けて、俺の方を見た。透明感のある海を覗いた時のような、穏やかな気持ちで満たされた。相変わらず、綺麗な青い目だ。


「鵺哭森…。」


 言ってから、ミライの目がカッと見開かれた。焦点は定まっていない。


「あ…行ってはダメ。う、いえ、行った方が…。」


 ミライの目はせわしなく泳ぎ、頭を抱えている。鼻血まで出てきてしまっており、イクサが駆け寄ってその目を手で覆った。イクサがミライの自然治癒力を強化したのだろう、ミライの鼻血は止まり、心なしか顔色もマシになった。


 バタフライエフェクトだ。俺が鵺哭森に行くかどうかで、この先に大きな影響を及ぼすのだろう。それも、善悪が断じにくい影響を。簡単に言えば、人間万事塞翁が馬ということだ。ミライの能力は数分後から遥か先の未来まで同時に見通すことができるらしいので、鵺哭森に行くことが良いことかどうか判断が難しいのだろう。


「悪かったね。休んで、ミライくん。」


 イクサがミライを横たわらせる間も、俺は今後について考えていた。無理に鵺哭森に行かなくたっていい。どう考えたって碌なことにならない。ただ、この名前は聞き覚えがあるのだ。


 カバネが言っていた気になる言葉。俺が、というより多分皇宮がカバネの一族を夜叉にしたり殺したりしたという話。スメラギの言うには、カバネの一族は鵺哭森で暮らしていたという。どの道、行ってみたかった場所だ。もしかしたら、俺が皇宮の裏事情を知ってしまわないようにしたいとミライが考えている説はある。


「ミライくんがあんなに悩むのは珍しいねえ。別の方法を探すから、鵺哭森には行かないようにね。」

「はい。イクサさん。」


 ごめん、イクサ。俺は行くね。何も知らないままでいるのは不安すぎる。


「祀られた神様が相手だと、同等以上の神様の力を借りないとどうしようもないかもね。とはいえ、まさか、神皇陛下に相談するわけにもいかないよなあ。」

「どうして陛下のお名前が?」


 イクサの足が止まった。怪訝そうに俺を見ている。


「神皇陛下はご自身の身に神を降ろすことができることは、ボクも知ってるよ。何の神様なのかは知らないけど、神皇家はこの国を導いてくださる神様と契約を交わしている。高位の神様を降ろせるからこそ、神も鬼もいるこの世で、人間である神皇家が代々この国を統べてきたって。代々の陛下が『神の宿り子』だということは、かなり多くの人が知っているはずだけど。もしかして、神皇家の人しか知らないと思ってた?」


 確かに、スメラギが昔言っていた。神皇家は神様の家系だと。でも、まさか本当に神憑りを行えるとは思わなかった。神の力を目の当たりにした後だと、尚更。人間に神が入ったら死ぬんじゃないか。


「誰がどこまで知っているのか混乱してしまって…。」

「なるほどね。分かるよ。ボクも神子しか知らない話を言いそうになったことあるもの。神皇家出身の神子だったら尚更だよねえ。」


 イクサは納得してくれたようだ。


「散々振り回しておいて収穫なしかあ。ごめんね、スメラギくん。」

「いえ、むしろ私の方こそお時間を取らせて申し訳ありませんでした。」

「優しいね。引き続き調べてみるから、気長に待ってくれるかな。」

「ありがとうございます。」


 イクサは書庫の方へと去っていった。さて、鵺哭森に行こう。

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