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十二年越しの祟り(2)

 俺はガバッと飛び起きた。嫌な汗を掻いている。辺りを見渡せば、見慣れた畳や掛け軸が目に入る。あれは夢?もう俺は入れ替わったのか。日本にある俺の身体はどうなった?


「ツユハライ…。」


「どうなさいましたか、主様?」


 俺は飛び退いた。ツユハライは軽快な笑い声を響かせた。


「びっくりした。起きて大丈夫なの?」

「今日は調子がようございます。徐々に人型になる時間を長くしていこうと思っております!」


 ツユハライは胸を張ってみせた。かわいい。この見た目で八百歳を超えているなんて、信じ難い。反則だ。


「それはよかった。」


 俺はスメラギの日記に目を通した。日本で俺が倒れてから二日が経過している。昏睡状態だったのだろうか。まさか、死んだんじゃないだろうな。スメラギは無事か?入れ替わったまま三宮皇の身体が死んだらどうなる?


「顔色が悪うございます、主様。」

「大丈夫だよ、ツユハライ。」


 俺はツユハライの頭を撫でた。サラサラした髪の毛だ。


 それにしても、あの夢は一体何だ?ツユハライとあんな神社に出掛けたり、餓鬼と対峙したりしたことはなかったはずだ。スメラギの記憶だろうか。俺は一度もスメラギの記憶を見たことがないが。


「ねえ、ツユハライ。貴方は餓鬼を斬り殺したことがありますか?」

「はい、主様。何匹か屠りました。」


 ツユハライは首を傾げながら答えた。


「神社で私を殺そうとした餓鬼を斬ったことはありましたか?」

「申し訳ございません、主様。どうも長く存在していると、思うように記憶を辿ることはできかねるのです。お時間をいただけますか?」

「いや、いいよ。大した用事はないんだ。」


 俺は慌てて言った。あれがただの夢だろうが昔の記憶だろうがどうでもいい。


「お役に立てず申し訳ございません。また眠くなってきました、主様。」

「いいんだよ。ゆっくりお休み、ツユハライ。」

「休ませていただきます、主様。またお呼びください。」


 ツユハライは俺に一礼すると、短刀の姿に戻った。俺はツユハライを懐にしまった。


「スメラギ様、イクサ様がお見えです。」


 部屋の外から、アキラの声がする。


「お通ししてください。」


 久しぶりに会う気がする。燃えるような赤毛に目が引き付けられる。イクサは俺の正面に座った。


「おはようございます。」

「おはよう、スメラギくん。」


 アキラは俺とイクサに茶を出してくれた。アキラは部屋の外に下がった。


「ヒサメくんを見なかった?」

「ヒサメ…。」


 聞き覚えのない名前だ。日記にそんな名前はなかったように思うが…。イクサは茶を飲みかけていた手を止めて、俺をまじまじと見つめている。しまった。何かスメラギとして不自然な反応をしてしまったか?


「一昨日言っていたのはこれか…。」


 イクサは手を叩いた。


「イネ。来てくれないかい?」


 次の瞬間、イクサの膝の上に金茶色の塊が出現した。狐だ。イクサの顔を舐めようとしたが、イクサはやんわりとそれを躱す。


「つれないねえ。それにしても、あんさんがあちきを呼ぶなんて珍しうござんすねえ。」

「スメラギくんのために一肌脱いでくれよ、イネ。ヒサメくんに化けられるかい?」


 イネはふさふさの尻尾でイクサの頬を撫でる。イクサは大人しくされるがままだ。イネの身体が不意に大きくなった。真っ白な長髪に鋭い赤い目をした妖艶な美女が姿を現した。見覚えがある。髪色と目の色こそ違うが、明美さんに瓜二つだ。先程までの獣の体臭までなくなり、良い香りが漂ってくる。


「妬けてしまいやすよう。別の女に化けろだなんて。獣姿のあちきはお気に召しやせんか?」

「違うよ。ボクはいつもの姿のイネの方が好きだけど、スメラギくんにヒサメくんの姿を見せたかったのさ。さて、スメラギくん。ヒサメくんの姿を見て、何か思い出すことはないかい?」


 これがヒサメという者の姿なのか。声もイネの甘い声色ではなく、凛々しくなっている。思い出すと言われても、何も覚えがない。だが、何故かその姿のイネがイクサとイチャイチャしていると殺意を覚える。


「申し訳ありませんが、何も。」


「そういうことなら、何もあちきがあの夜叉に化けなくてもようござんすね。あんさんの方があの夜叉のことをよーくご存知でござんしょ?」


 イクサの姿が変わった。今のイネと瓜二つの姿に。イクサは困ったように眉を下げながらイネを見ている。やがて俺に向き直り、目線を合わせて尋ねた。


「ふむ、スメラギ殿。これで何か思い出すことはあるか?」


 イクサの口調が変だ。声もだけど。俺は首を横に振る。


「そうか…。祀られた神格に捧げたんだものねえ。そうだ。別の神様に祈ってみてはどうかな?皇宮の守り神に祈ってみたかい?」


 俺は首を横に振った。少なくとも、俺は祈っていない。あの日はそれどころじゃなかった。俺はあまり神に祈りを捧げたことはない。スメラギの公務として祈る時は別として、神殿には関わったことがなかった。別に深い理由があるわけじゃねえが、どうも祈るのは性に合わないようだ。


「行ってみよう。イネ、元に戻して。」

「あら、そのままでもよござんしょ?」

「イネ。」


 イネはクスクス笑うと、狐の姿に戻った。イクサも元に戻っている。


「ありがとう、イネ。じゃあ行こうか、スメラギくん。」

「はい。」

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