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十二年越しの祟り(1)

【主な登場人物】


三宮(さんのみや)(こう)…本作の主人公。日本で暮らす男子高校生。十七歳。

・スメラギ…コウから見たら異世界である、神皇国で暮らす少年。癒しの神子。十七歳。

・ヒサメ…神皇国で暮らす女性。人間ではなく、夜叉という妖怪。二十四歳。

・カバネ…神皇国で暮らす男性。夜叉。二十四歳。

・リュウサキ…神皇国で暮らす男性。鬼。三百歳。

・カザハナ…神皇国で暮らす女性。雪女。三百歳。

・イクサ…神皇国で暮らす男性。強化の神子。二十八歳。

・ミライ…神皇国で暮らす少女。遠見の神子。十四歳。

・ツユハライ…神皇国で暮らす短刀の付喪神。スメラギに仕えている。八百三十歳。

・イネ…神皇国で暮らす女性。妖狐。百三十八歳。

「誰か助けて!」


 追い詰められて喚いている人間は、痩せ細っていて傷だらけだった。目だけはぎょろりとぎらついて、必死さを感じさせる。追い詰めているのは、これまた痩せた鬼だった。餓鬼というヤツだろう。大きく見開かれた目は血走っており、口元は血に塗れている。腹だけは異様にぽっこりと出ている。


 餓鬼は人間の腕らしきものを手に持っており、口に運んだが、食べようとした途端に燃え始めたので、熱さから取り落とした。餓鬼は空腹に身もだえしながら、人間に詰め寄る。


「く、来るな!いやだ!助けて、神様!」


 人間の表情が恐怖に歪む。救いを求めて伸ばした手を、俺は取ることができなかった。助けてあげたかった。でも、俺にはどうしようもなかったんだ。俺の力では、彼を救うことは…。いや、そんなことはただの言い訳か。


 餓鬼は人間の腕を掴んで乱暴に地面に叩きつけた。人間は後頭部と鼻から血を流している。餓鬼はぐったりとした人間を持ち上げ、再び地面に叩きつけようとする。


「やめろ!」


 俺の叫びに餓鬼が反応した。血走った大きな目を俺はグッと睨みつけた。


「他の人を殺しても、お前の飢えは満たされない!だから…。」


「にいちゃ…。」


 俺は人間のか細い声にショックを受けて言葉を呑み込んでしまった。餓鬼は涎を垂らしながら、人間を再び地面に叩きつけた。人間の後頭部はざっくりと割れてしまい、大量の血が流れ出ている。ああ、あれではもう…助からない。


「そんな…。」


 餓鬼は俺には目もくれず、殺してしまった弟を喰おうとした。結果は予想通り、ただ遺体を火葬しただけに終わった。愚かな。餓鬼は身を裂きながら藻掻いて、自分の手を食べようと試みている。その姿があまりに哀れで、俺は目を逸らした。


「人間に戻れるなら、戻りたいか?」


 俺の言葉はほとんど独り言だった。返事はなかった。実際、弟を殺してしまった罪悪感に苛まれるくらいなら、飢餓感以外の何も感じることのできない世界で一生を過ごした方がまだマシなのかもしれない。そう決めつけることが俺のエゴに過ぎないとしても。


 死体と化した人間の目玉と視線が合った。そんな責めるような目で俺を見ないでくれ。俺はどうせ、誰も救えない…。


「もううんざりだ!自分の無力さを嘆くだけの日々なんて!何にも心を乱されず、ただ穏やかに日々をなぞりたい。」


 餓鬼は俺の方に向かってきた。無駄だというのに。俺を喰おうとしても無理だと分からないのか、分かっていても飢えに抗えないのか、俺の目の前で醜く涎を垂らしている。その醜悪さに嫌悪感を抱きつつ、俺は静かに目を瞑った。

 ドサッと鈍い音がした。顔を上げると、餓鬼が脳天から真っ二つにされていた。五歳くらいの子どもが返り血を浴びながら俺の手を取った。


「主様、お怪我はございませんか?」


 殺して、しまったのか。いや、助けてくれたんだよな。


「ええ、ツユハライ。私は大丈夫です。貴方こそ大丈夫ですか?」


 ツユハライはにんまりと笑った。かわいい。俺は餓鬼の死体を拾い上げた。まだ温かく、血が滴っている。


「主様、御身が穢れますよ。」

「ごめんなさい。救えなくて。」


 こんな言葉、もう何の意味もないけれど。


「…御霊が安からんことを。」


 俺は嗚咽を押し殺して呟いた。瞼を閉じてあげても、餓鬼の表情は安らかにはならなかった。ツユハライは心配そうに俺の周りをうろうろしている。


「主様は慈悲深いお方ですね。そんな罪深き者に主様の祈りなどもったいないです。」

「罪と言うなら、私の方がよほど罪深いですよ。」


 俺はツユハライを見ながら言った。ツユハライは俺のために手を血に染めなくて良かったのに。


「そんな悲しいことを仰せにならないでください。ツユは主様に感謝してもし尽くせないほど恩義を感じております。」


 ツユハライは俺に跪いた。俺は彼の手を取って立たせた。俺は精一杯微笑んでツユハライのふにふにとした頬から血を拭う。


「ありがとう、ツユハライ。」


 俺は本来、ツユハライを使役していい立場じゃない。そもそも付喪神が物だった頃の所有者に盲従することも納得していないが、俺はツユハライの所有者ですらない。


「主様のお役に立てるなんて、ツユは幸せ者です!」


 無邪気な笑顔を眺めながら、俺は罪悪感に眉を下げた。


「自分自身のために生きていいのに。」

「ツユが自分で選んだことです!主様のために在ることこそ、ツユの喜びなのですよ。ツユを捨てないでくださいね!」


 ツユハライの語気が強まった。かわいい見た目でも、短刀の付喪神。凄まれると気圧されてしまう。


「もちろんです。これからもよろしくお願いします、ツユハライ。」

「粉骨砕身お仕えします、主様。」


 俺は目を瞑った。生き物の焼けた臭いと血の臭いが漂う神社は、神域としての役割を果たせそうにない。宮司が来る前に少しでも清めようと、俺は重い腰を上げた。

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