文化祭(9)
「派手にやったな。」
明美さんの言う通りだった。倒れた扉、割れた窓ガラス、床の血だまり。文化祭で浮かれて喧嘩しちゃいました、なんて雰囲気ではない。周囲を男性の先生に取り囲まれているが、男子生徒はなおも暴れそうな雰囲気を見せている。手に持っているのは、彫刻刀か?血に染まっている。
「大丈夫だから、先生を信じて…。」
先生の一人がゆっくりと半歩歩み寄る。その途端、男子生徒は右手を振りかざした。武器を構えて振り下ろそうとする。
俺が駆け出そうとすると、首根っこを掴まれた。横から明美さんが駆け出していき、狙われている先生を蹴り飛ばすと、男子生徒の攻撃を華麗に躱してその腕を締め上げる。ごきりと嫌な音が響いたかと思うと、男子は武器を取り落とし、痛みに大声で喚いた。
「あ、貴方は…?」
先生が明美さんに尋ねる。
「私は皇くんの連れです。武道の心得があるので、手助けしようと思いまして。」
明美さんは男子を押さえつけながら笑顔を見せた。先生たちが俺に注目したので、頭を下げた。話を合わせるしかない。
「ごめんね、明美さん。無理言っちゃって。」
「いや、無事に確保できてよかった。」
ああ、頭が痛い。男子と目が合った。荒々しい、獣のような目だ。俺は悪寒がして身震いした。
「あ、ああ…。嫌だ。」
男子は突然激しく身動ぎし始めた。明美さんは押さえつけているが、随分とガタイの良い男子が相手だ。いつまで持つか。
「ロープか何か持ってきましょう。」
「そうですね。私は押さえるのを手伝って良いですか?」
先生方が動き出した。男子の目がぎらついたかと思うと、大声で吼えた。口内に鋭い牙が光って見える。
「来るなあぁぁぁー!!!」
男子が叫ぶと、周囲に衝撃波が走った。明美さんの身体が宙を舞う。壁に叩きつけられ、轟音が響いた。先生方も衝撃で倒れたり、物にぶつかったりしている。男子は震えながら自分の手を見ている。混乱しているのか?
コイツは人間じゃねえ。妖怪に酷似している。止めねえと。
俺は咄嗟に男子に駆け寄った。まずはみんなから離さねえと。男子の手が俺の首に伸びた。絞められるというより折られるような苦しさだ。
「皇!」
薄れゆく意識で明美さんの声を聞いたが、俺は男子の手を引き剥がそうとしている手を放し、来るなと合図した。人間では敵わないだろう。
ドスッと鈍い音が響き、男子の胸元から刃が突き出して血を滴らせているのが見えた。明美さんが背中側から胸板を貫いたようだ。男子は腕を振って明美さんを遠ざけようとしている。俺は咳き込んだ。え、殺した?
「イ、タイ…。」
生きている。胸を貫かれて。妖怪でもタフな方だ。このままだと全員死ぬ。俺はポケットからスメラギのお守りを取り出した。あれが妖怪なら、スメラギのお守りで力を弱めることができるはずだ。
「化物…。」
先生方は完全に腰が引けている。俺はお守りを手に持って男子の方に駆け出した。男子は俺に向かって腕を振った。痛い。俺の目の前でお守りの中に入っていた護符が破けてひらひらと舞い落ちるのが見えた。男子の手は爪が異様に伸びている。
「ぐあああぁぁぁ!!」
俺はその途端、激しい頭痛に襲われた。俺が俺でなくなるかのような感覚。中から何かが俺の頭を喰い荒らして成り代わろうとするかのような痛み。苦しい。
声が遠くから聞こえる。景色が歪んで見える。手足が重い。
「皇!もう止めろ!」
俺は明美さんの声で我に返った。俺はいつの間にか男子を壁に追い詰めて首を絞めていたらしい。慌てて手を緩めると、男子は怯えたように俺から離れた。目も口も手も、普通の人間と比べて何ら不自然な点はなくなっていた。胸の傷も随分と浅い。
どうして彼の首を絞めていたのかというより、俺がどうやってあのガタイの人物を追い詰めたのかが気になる。頭がガンガンする。
「何だったんだ、一体。」
先生が呟いた。俺にも何だかよく分からない。妖怪だとしたら、神皇国と関わりがあるのだろうか。
遠くで救急車のサイレンが聞こえる。頭が痛くて、意識を保っていられない。視界の端に心配そうな顔の明美さんが見えたが、彼女に何も伝えられないまま、俺の意識は闇に沈んだ。
【コウとスメラギの日記】
日本にある日記より一部抜粋
7月5日 コウ
ヒサメのことを思い出した。何なら、昨日は認識できなかった、昨日のヒサメの様子まで思い出せる。でも、向こうに行ったらまた分からなくなるのかな。ヒサメにそっくりな女性に会ったので、明日は話しを聞いてみる。
7月6日 コウ
ヒサメにそっくりな女性は明美さんと言うらしい。神皇国とのつながりはなさそうだ。父さんも怪しい。後で調べる。
7月10日 スメラギ
何とか助かって良かったよ。危ない所だった。大分神力を消耗したけど、一命は取り留めたから、しばらく安静にね。しんどかったら日記も書かなくていいよ。お大事に、皇。




