文化祭(8)
翌日、一高の文化祭は大賑わいだった。生徒の身内や他校の友達がほとんどだろう。これで人に近付くなとか無理がある。俺は演者ではないので、裏方の作業をすることになる。列の整理を頼まれたが、俺は客引きに変えてもらった。怪しい人を探さないと。俺は看板を持って校内をうろつく。
金髪のウィッグに短いスカートを穿いたガタイの良いマッチョ、衣装と思しき真っ黒なマントをなびかせた仮面の男、子どもを探しているのか、やたらと人の顔を見ながらうろうろしているおば様…。怪しい人しかいねえ。
「やあ、皇。」
俺はすぐ振り向いた。ヒサメ…じゃなかった、明美さんが青いワンピースを着て、俺に手を振っている。かわいい。じゃなかった、本当に来たのか。
「こんにちは、明美さん。どうしてここに?」
「皇に会いに。」
揶揄われていることは明らかなのに、赤らんでしまう自分が嫌だ。クソ、にこやかに言いやがって。
「仕事だ。貴殿には関係がない。」
明美さんの仕事は多分非合法だろう。学校で変なことをしないでほしいものだ。
「どうしてこんな場所で…。」
「相手の都合だ。」
周りの人々の視線を感じる。目付きの鋭い二十代の女性と身内には見えない高校生が話しこんでいるからだろう。
「場所を移しませんか?」
「つい声を掛けたが、貴殿と長話するつもりはなかった。」
「昨晩、父さんと話したんです。」
明美さんは周囲に素早く目を走らせた。
「いいだろう。付いて来い。」
明美さんはすたすたと足早に人ごみを縫っていく。俺は付いて行くのも一苦労だった。校舎裏まで来たところで、明美さんは周囲を見渡し、俺に向き直った。
「聞かせろ。」
「父さんは詳しいことは何も言ってくれませんでした。ただ、俺が今日学校に行くことを止めようとしていたので、何かあるのだと思います。」
「ほう。」
明美さんと関連があるのか分からないが、彼女が一番危険なことに巻き込まれそうではある。
「情報と呼べるようなものではありませんが、お気を付けて…。」
「シッ!」
明美さんは真っ赤な唇の前に人差し指を立てる。校舎の方を睨んでいる。俺もそちらに注意を向ける。微かに悲鳴と雑踏が聞こえる。
「様子がおかしい。離れよう。」
俺は焦った。何かが既に起きてしまっているなら、俺にできることはないかもしれない。でも…。
「俺は行きます!さようなら!」
駆け出そうとした俺の腕が凄い力で掴まれ、がくんと身体が引き戻される。明美さんは首を横に振る。
「危険だ。行くな。」
「友達がいるかもしれないんです。何があっても明美さんに迷惑は掛けません。」
明美さんは何か言いたそうに唇を震わせた。俺の腕を掴んでいる力が緩む。俺は明美さんを振り切って駆け出した。と思ったら、明美さんも並んで走っている。
「明美さん?」
「危険だと判断したら退くぞ。いいな?」
どうして俺に構うのだろう。しかし、それより騒ぎの原因を突き止める方が先だ。
校舎から出てくる人の波のせいで中に入れそうにない。明美さんは二階のベランダに飛びついて柵を掴むと、腕の力だけでよじ登ってしまった。
手を差し伸べられる。俺は彼女の手を掴むと、引き上げられてベランダに転げ込んだ。怪力だな。
「立てるか?」
「はい。」
「こっちだ。」
俺がどっちに行ったらいいか分からずにいると、明美さんは確信めいた足取りで走り出した。次第に逃げ惑う人々が怪我をしている様子が目につく。もっと奥に進むと、逃げるのもやっとの重傷になってきた。ただ事ではない。
「落ち着け、持っているものを床に置け。」
先生の声だ。声を掛けられている人間は、生徒だろうか。よく見たらうちの制服だ。大柄な男だ。先輩かな。




