文化祭(5)
ファミレスには五時十分前に着いた。外で待っていると、五時ちょうどに女性が現れた。来てくれた。女性は俺を一瞥すると、冷たい表情のままで中に入っていった。奥の方の席に座り、俺はパフェを、女性はウーロン茶を頼んだ。
「最初に言っておく。貴殿の情報を調べたが、私に接触してきた意図が分からなかった。もしも軽い気持ちで声を掛けてきたなら、今すぐ去れ。下らん話をするようなら無事に帰れると思わないことだな。」
女性は俺を睨んでいる。この目はヒサメが仕事で敵を殺す時の目付きだ。本気っぽいな。どうやら彼女は堅気ではなさそうだ。
「では、俺も先に言っておきたいのですが、これからする話は間違いなく荒唐無稽です。それに、貴方には何の関係もないかもしれません。せっかくお時間を取って頂いたのに、無駄だったと感じる可能性が高いです。それでも俺にとっては大切なことなんです。お付き合い頂けますか?」
女性は神経質に机を指で叩いている。今にもキレそうだ。
「帰れ。下らん好奇心のせいで、若くして命を落とすのは馬鹿馬鹿しかろう。」
「お願いします。理解はしてもらえないと思いますが、俺にとっては大切なことなんです。それこそ命よりも。どうか話をしてくれませんか。」
女性は無言で水を飲む。凄まじい圧を感じる。
「もういい。勝手に話せ。」
「ありがとうございます。本当に頭のおかしい話をするので、できれば一旦呑み込んで聞いて頂きたいのですが…。」
「好きにしろ。狂人の妄言は聞きなれている。」
どうして?なんて訊き返す勇気はない。俺は口下手なりに分かりやすい説明を頑張ろうと頭を悩ませつつ口を開いた。
俺は年齢も性別も外見も家族構成も同じ別人と定期的に入れ替わっていることを話した。流石に妖怪がいる世界観であることは言わなかったが。女性は黙って聞いている。
「えっと、ここまで大丈夫…ですか?」
「そうだな。小説家になりたいのなら、やめておいた方が身のためだ。」
「なるつもりはありませんが、それは俺も同意します。」
ヒサメよりこの女性の方が毒舌だなあ。これはこれでいいな。
「どうしてこの話をしたかというと、入れ替わった先で、貴方と見た目がそっくりな女性に会ったんですよ。今までの反応で、貴方は特に入れ替わっていないのだろうと分かりましたが、気になったもので。」
俺は言葉を切った。女性は足を組んで机を指で叩いている。
「三文小説はこれで終わりか?」
「もう少しお付き合い願います。俺はこの入れ替わりの原因を探りたいんです。両方の世界にいる人間で俺が話を聞けそうな人は貴方だけなんです。」
「家族構成は同じではなかったのか?」
女性は間髪を容れず指摘した。案外しっかり聞いてくれているようだ。
「向こうの世界の両親は他界していて、妹は気軽に会える存在ではないんですよ。顔も声も知りません。そっくりなのかどうかすら不明なんです。だからこそ、俺以外に同一人物っぽい人間を見つけて驚いて呼び止めたんです。」
女性は眉をひそめた。それでも特に怒り出したり笑い飛ばしたりする様子はない。突拍子もない話でも真面目に聞いてくれるところはヒサメに似ている。
「向こうの世界で貴方にそっくりな女性はヒサメという名前です。共通点を知りたいので、ヒサメについて話してもいいですか?反応はしなくても構いません。」
女性は無反応だ。俺は言葉を続ける。
「ヒサメは二十四歳の女性で…日本だと該当する職業はありませんね。悪人専門の殺し屋みたいな政府のお抱え機関の一族の族長の娘でした。十二年前にその一族が全滅して、ヒサメは俺、つまり向こうの俺の家のガードマンに収まりました。十年前に悪者が侵入して、俺の両親、つまりヒサメの雇い主が死んで…。」
俺はそこで口を噤んだ。女性の目は完全に光を失っており、俺は改めて強い身の危険を感じた。まさか、彼女も似たような境遇だった?
「小説家にはならない方がいいが、探偵の素質はありそうだな。」
女性はわざとらしくゆっくりと手を叩いた。
探偵でなく小説家になることを勧められるパターンは聞いたことがあるが、逆は初めて聞いた。そんなことを言っている場合でもないだろうけど。
「信じられないでしょうが、調べたわけではないんですよ。」
女性はウーロン茶を一気に飲み干した。
「海と山、どっちが好きだ?」
「…死に場所として、ってことですよね?」
女性の唇が蠱惑的な曲線を描く。ヒサメの顔でこんな悪い顔をされると、正直いろんな意味でドキドキが止まらねえ。
「正解したご褒美に鉛玉も進呈しよう。嬉しいか?」
「溺死や生き埋めの心配がなくなるなら悪くはないですね。」
「安心しろ。私はサービス精神に溢れている。どうやって私の情報を得たのか教えてもらえるまで、何度でもプレゼントするつもりだ。」
拷問ルートは勘弁願いたい。何しろ、吐ける情報が何一つない。




