文化祭(4)
そんなわけがない。ヒサメが日本にいるはずがない。ヒサメにそっくりな女性は困惑した表情を見せる。数歩後ずさって身構える。その反応を見て、やはり別人だと割り切るには、目の前の女性があまりにヒサメに似すぎていた。
「人違いでしょう。私は貴殿を知りません。」
「すみません。兄貴、帰るよ。」
「待って!行かないで!」
分かってる。これじゃ不審者だって。でも、俺は焦っていた。彼女がヒサメにそっくりなのは偶然じゃないはずだ。入れ替わりが起きて十年、ようやく向こうとのつながりを感じる人に出会えたんだ。ここで躊躇って二度と会えなくなったら、悔やんでも悔やみきれない。
「話を…せめて話だけでも聞いてくれませんか。突然、変なことを言っているのは自分でも分かっています。今は時間が遅いので、えっと…ご都合の良い日時と場所を指定してください。信頼できる人を連れてきていただいて構いません。」
俺はどうにか頭を回転させながら、一気にまくしたてた。
「ちょっと、何言ってんの、兄貴。」
聖は俺の腕を引く。俺は女性の返事を待った。女性は聖の方を見ている。いや、鞄を見ているのか?
「その鞄、貴殿の?」
「あ、はい。そうですけど。」
「ふむ。一高の生徒か。」
話し方もヒサメに似ている。絶対に無関係じゃない。っていうか、制服じゃなくて鞄で判断するのかよ。珍しい。
「二年の三宮皇です。」
「はぁ!?なに個人情報バラしてんの?」
聖の抗議はもっともだが、俺は何としても彼女の信頼を勝ち得たかった。女性は少し考え込んだ後、俺の目の前に進み出て、威圧的な調子で告げた。
「明日の夕方五時に、駅前のファミレスで。」
「分かりました。ありがとうございます。」
俺は笑顔で頭を下げた。女性は無表情で踵を返し、去っていった。
「ねえ、何考えてんの、兄貴?初対面の大人の女性に話し掛けるなんて。しかも人を殺してそうな目付きだったよ?」
「そこが良いんじゃねえか。」
俺が即答すると、聖の顔色が蒼ざめた。聖の反応が正しい。あの雰囲気だとヤの付くお仕事とか殺し屋なんて言われても納得してしまいそうだ。真っ当に生きていれば、あの眼光の人物には話し掛けないだろう。
「変なこと考えてないよね、兄貴?」
聖は俺の顔色を窺っている。聖が何を心配しているか何となく分かって、俺は苦笑いした。まあ、確かに兄がいきなりヤバそうな女性に声を掛けたら、気でも狂ったか斬新な自殺だと思っても無理はない。
「大丈夫。心配すんな。」
「じゃあ、なんであの人に声掛けたの?」
「…説明のしようがねえんだよ。俺の頭がおかしいってことで納得してくれねえか?つーか、このこと自体忘れてくれ。あと、この話、父さんと母さんには内緒な?」
「…意味分かんない。」
聖は露骨に顔をしかめた。そりゃそうだ。
「聖には迷惑が掛かんねえようにするから、忘れていいよ。」
聖はまだ何か言いたそうだったが、家の前に着いたので、俺は玄関の扉を開けた。
「ただいま。」
「お帰り。」
その後は聖のことを避け続けた。翌朝になっても俺と聖は言葉を交わさず、バラバラに学校に向かった。それ自体は珍しいことではないので、父さんも母さんも何も言わなかった。
俺はクラスメートと一日中、文化祭の準備を進め、放課後になると作業中のみんなを尻目に早々と帰路に就いた。




