文化祭(2)
放課後になった。俺は真っ先にカズに声を掛ける。
「今日は大道具づくりを手伝おうと思ってるんだ。」
「へえ、めずらし。」
俺は聖の迎えに行くまでの暇つぶしをしたいのだと正直に話した。カズは頷いた。
「なるほど。近頃物騒な事件ばかりだからな。今朝のニュースを聞いたか?通りすがりの人を血が出るまで噛むなんて、まるでゲームやアニメに出てくるあれだよな。」
言われてみれば、鬼の食肉衝動に似ている気がする。食肉衝動は人肉に限らず、動物や妖怪の血肉を口にすることでも収まるので、無害な鬼もいるそうだけど。
「吸血鬼。」
「え。」
「あれ、違った?あ、ゾンビの方がそれっぽいか?」
普通に考えれば、吸血鬼やゾンビが思い浮かぶ状況か。妖怪染みた奇行を聞いて、神皇国の妖怪を当てはめてしまった自分が馬鹿らしくなった。
「噛まれた方もおかしくなったら、そうかもな。」
「どうせなら、ゾンビよりは吸血鬼になった方がマシだ。うちのお化け屋敷ってモチーフ何だっけ?ゾンビ?幽霊?」
「俺が知るはずねえだろ。」
自慢じゃないが、俺は話合いの段階からまともに参加してない。うちのクラスの出し物がお化け屋敷であることくらいは把握しているが、コンセプトまで知ろうはずもない。唯一授業中にあった話合いに参加したのはスメラギだった。日記に概要は書いてくれていたが、覚えていねえ。
「で、何すればいい?」
「オレも大道具づくりのメインの担当じゃねえから。多分、いつも通り買ってきた暗幕を引き裂いたり、赤錆色の手形を付けたりすりゃいいと思うんだけど。」
担当に訊きに行く勇気はない。というか、普通に面倒だ。俺に芸術的な才能など皆無だから、誰にでもできそうな作業をした方がいい。俺は大人しくカズと一緒に隣の空き教室に行った。カズの言うままに絵の具を出して、乾いた血の色に見えるように色を混ぜ合わせる。
「ちょっと暗すぎねえか?」
「そうか?こんなもんだと思ったけど。」
不幸なことに、最近血を見ることが多かった。主にスメラギの血を。乾いたら血は結構黒ずむのだ。
「リアリティより、演出が優先なんだよ。これじゃ教室を暗くしたら何も見えねえ。もっと赤を足して、水も多めに入れるんだ。暗幕を斜めに置いて絵の具が少し垂れるようにするとそれっぽくなる。後はブラシで飛沫を散らせば完璧だ。」
「すげー。」
俺はカズが思いの外真面目に作業をしていたということに感心した。失礼だが、カズはこういう作業は面倒がって適当にこなすタイプだと思っていた。
「早く終わったら小道具の手伝いに回んねーといけなくなるから、ゆっくりな。」
前言撤回。カズはやはり面倒事を避けることに関しては抜け目ねえ人間だ。
「任せろ。入るのも躊躇われるくらいホラーな見た目にしてやるぜ。」
俺はジャージの裾をまくった。空き教室の扉が開く。ジャージ姿の女子が入ってきた。
「おつかれ~。あれ、今日は三宮くんもいるんだね。」
彼女は確か美術部の大崎さんだったか。
「今まで手伝えてなくてごめん。」
「あ~、い~の。大道具のみんなは、けっこ~ゆる~くやってっから。全然来ない人もザラだよ~。」
彼女が大道具のリーダーだったかな?大らかな人で助かった。部活に入ってもいねえのにサボりすぎた。
「よ~し、今日ものんびり進めてこっか~。」
「オッケー。」
文化祭は二日後なのに、こんなのんびりしていてよいのだろうか。多分残る人は今日も遅くまで残るし、明日は丸一日準備しかしないのだけども。俺の不安が伝わったのか、カズが看板の文字を清書しながら話し掛けてきた。
「上手くできてんじゃん。大道具なんて暗幕と看板しかやることねえから、今日で終わっちまうな。明日楽できるぜ。」
「小道具は終わりそうにないみたいだよ~。わたしは明日、そっちの手伝いに呼ばれるかな~。」
暑い。それにしても暑い。頭が痛くなってきた。このままだと俺は演者の仲間入りをしそうだ。コンセプトが幽霊だったら、の話だが。手が真っ赤なので満足に汗を拭えもせず、不快なべたつきを解消できないまま、やけくそで手形をつけまくる。
「なあ、みやこー。お前、そろそろ帰らねーとじゃね?」
カズの言葉に、俺は時計を確認する。そろそろ片付けを始めれば、丁度いい時間に帰れそうだ。
「もう少しで仕上がるから、仕上げていくわ。」
「いや、これだけ進めば大丈夫だって。ね、大崎さん。」
「うん。ありがと~。助かったよ~。」
今まで碌に手伝ってもいねえのに、中途半端な状態で帰るなんて申し訳ねえ。カズは俺の耳元に口を寄せて囁いた。
「お前、具合悪いだろ。無理すんな。帰れ。今すぐに。」
カズの目は欺けない。俺は最近、かなり頭痛が酷いのだ。昨日スメラギに治療してもらったばかりだというのに。
「ごめん。ちょっと今日はここで帰らせてもらうね。また明日。」
「おう、また明日。」
「じゃあね~。」
俺は手を洗い、荷物を持って、聖のいる中学校に向かう。そろそろ七時になろうというのに、陽はまだ沈んでいない。流石は夏である。




