文化祭(1)
【主な登場人物】
・三宮皇…本作の主人公。日本で暮らす男子高校生。十七歳。
・スメラギ…コウから見たら異世界である、神皇国で暮らす少年。癒しの神子。十七歳。
・三宮深門…日本で暮らす男性。皇の父親。四十二歳。
・三宮美夜…日本で暮らす女性。皇の母親。三十六歳。
・三宮聖…日本で暮らす女子中学生。皇の妹。十五歳。
・鈴木和也…日本で暮らす男子高校生。皇の親友。十七歳。
・明美…日本で暮らす女性。二十四歳。
「はよー。あれ、兄貴。珍しく早起きじゃん。どしたの?」
「あー、おはよ、聖。夢見が悪かったんだよ。」
俺は頭を擦る。頭痛はいつもよりマシなのだが、気分は人生史上最悪かもしれねえ。
「へえ、どんな夢?」
「大切な人を忘れる夢。」
夢ならまだしも、悪夢よりタチの悪い現実だけど。ヒサメのことを忘れた上に、互いに認識できなくなるとは、本物の神の力には恐れ入った。日本に戻った途端思い出したのは、あの神の力が異世界である日本まで及ばないからだろうか。いっそ完全に忘れた方が楽だったかもしれねえが。
「具体的にはどんな夢だったの?」
母さんが俺のご飯をよそいながら言った。珍しい。俺の話を深掘りしてくるなんて。
「神様に頼んで大切な人と縁切りをしてもらう夢。」
「え、何で?」
「俺の大切な人にとっての大切な人が死にかけてて、それを助けるために悪縁を切ってほしいって神頼みしたんだ。そしたら、代償に俺と俺の大切な人の縁を切らせろって。それで…。」
俺はかなりの貧乏くじを引いた気がするが、カバネが助かった後のヒサメの笑顔を見ると、これで良かったのだろうと思える。俺の前では一度も見せたことのない幸せそうな表情だった。俺はどうしようもなく理解してしまった。ヒサメはカバネのことが好きなのだ。
てっきりヒサメはカバネと共に行くのかと思いきや、皇宮に戻った。喜ぶべきか、悲しむべきか…。
「ふーん、変な夢。あ、醤油取って。」
聖はあまり興味がなさそうだった。俺は聖に醤油を手渡すと、懐中時計のぜんまいを巻き、お守りを確認する。
テレビのニュースが耳に入る。中学生が女子大生に急に噛み付いたという、頭のおかしい話だ。二人に接点はなく、通りすがりに男子生徒がいきなり女学生に襲い掛かり、血が出るくらい強く噛んできたらしい。驚いたことに、同じ市内だ。
「またか。こんなに治安が悪くなると心配だ。二人とも、早く帰ってくるんだよ。」
父さんは食い入るようにテレビを観ている。嫌悪感を滲ませながら。
「部活があるから帰りは七時くらいになるかも。」
「遅すぎる。迎えに行くよ。」
これは父さんでなくても心配になる。聖は結構可愛いから、特に。
「だいじょーぶだって!父さんが帰ってくるの、いつももっと遅いじゃん。」
「数日くらい早めに帰れるさ。」
本当にそうだろうか?父さんの性格上、それならいつも早く帰ってきてくれそうなものだが。俺は父さんの顔を見つめた。少し顔色が悪い気がする。
俺の両親は、十年前、俺の病状が一段と悪化した時、正確にはその少し前におかしくなってしまった時期があった。精神的に不安定になり、他人に会えなくなり、俺と聖に対する態度も…。まあ、とにかく、父さんが今の職場で頑張るのは、真面目で責任感のある彼なりの埋め合わせなのだ。元はと言えば俺が幼いうちに死にかけたせいで、父さんにとっては不可抗力だと思うのだが、俺は父さんの真面目さを尊敬している。
「俺、文化祭の準備があるから、帰りに中学校に回って迎えに行くよ。」
今の聖ならそのくらいのことは許してくれるはずだ。俺の見立てが間違っていなければ。
「大丈夫なの?」
母さんが割って入る。俺が頼りないことは分かるが、女子中学生一人で帰るよりは、男子高校生もいた方がマシだろう。少なくとも見た目上は、病弱だなんて分からないのだから。
「聖が嫌じゃなければ。」
「まあ、お父さんにわざわざ来てもらうよりいいかな。」
「じゃ、決まりな。」
俺はごちそうさまの挨拶をして、立ち上がる。そろそろ行かないと遅刻する。文化祭の手伝いなんて、本当はサボってばかりだったのだが、今日は暇つぶしに顔を出そう。幸い、カズも俺と同じ大道具の係なので、一緒に何か作業すればいいだろう。カズもサボっていなければ、の話だが。




