切れた縁(7)
気が付くと、そこはリュウサキ様の住まう城の前じゃった。元々は戦神の住まいじゃったが、リュウサキ様が神と力比べをして勝ち、もらい受けたのだと聞いた。儂はリュウサキ様のいらっしゃる場所に向かった。傍には数多の妖怪や付喪神が控えておる。リュウサキ様の右側が不自然に空いておるな。
「ただいま戻りました、リュウサキ様。」
「おう。報告しなァ。」
新参者の儂が高い地位におることをよく思わない者たちも多い。儂は慎重に言葉を選んだ。
「皇宮の護衛を行っておる夜叉、ヒサメを味方に引き入れようと致しましたが、失敗致しました。申し訳御座いません。」
「カザハナの術はどう解いたんだァ?」
「カザハナ、とは何ですか?」
リュウサキ様の表情が険しくなった。儂は口を噤んだ。
「拙僧が見ておりました、おりました。癒しの神子が現れて、神社の神に交渉したのです、そうです。自分とヒサメの縁を捧げるから、大将と姫様の縁を切れと、切れと。」
姫様?確かに癒しの神子とヒサメの縁は切れたようじゃが、代わりに儂と誰の縁が切れたというのじゃ?
「カザハナ、ここにいるカバネのことが分かるかァ?」
リュウサキ様は右を向いて何やら話しておる。誰がおるというのか。
「おもしれェ。祀られた神が相手じゃァ、オレの手に負えねェなァ。」
「殿、彼に裁きを!」
「敵に惚れている者など、お傍に置くには危険すぎます!」
妖怪どもがぎゃあぎゃあと喚いておる。この時とばかりに徒党を組んで儂への罰を求めるとは、浅ましい。
「カバネ、テメェはどう思う?」
リュウサキ様の一言で場が静まり返った。
「手前勝手な行動をした挙句にこの始末、申し開きのしようも御座いません。御心のままに。」
リュウサキ様の御手が儂の刀に伸びる。鞘から抜き放つと、刃を光にかざしておる。
「この刀、人間として妖狩りをしてた時に、あの女にもらったものだと言ったなァ?」
「はい。」
リュウサキ様は儂の首の横に刀の刃先をぴたりと当てた。
「オレァ、どっちつかずな奴ァ許せねェ。男なら、すっぱり心を決めなァ。」
リュウサキ様か、ヒサメかということじゃろう。儂の答えは既に決まっておる。
「…今までありがとう御座いました。」
ヒサメにもらった刀で斬られる最期も悪くない。リュウサキ様は瞳を細めて冷たく儂を見下ろしておる。
「…あばよ。」
リュウサキ様は刀を乱暴に振り上げ、力任せに振り下ろした。儂は身動き一つせずに待っていた。乾いた大きな金属音が響いたかと思うと、目の前で刀が床に叩きつけられて折れていた。床は衝撃で崩れ、木片が散らばっておる。
「リュウサキ様?」
「失せなァ。テメェのツラなんざァ、金輪際拝みたかァねェ。」
リュウサキ様は儂に背を向けており、その表情は窺い知ることができなかった。そのまま、リュウサキ様は奥の部屋へと帰っていってしまった。
「殿が行ってしまわれたぞ。」
「あの小癪な小童めは、殿から棄てられた。」
「もう我らが何をしても、殿に罰せられることはないということよな?」
有象無象がひそひそと囁いておる。一人一人は間違いなく儂に及ばぬのじゃが、多勢に無勢じゃろう。ましてや儂の刀は折れた。儂は真っ二つになった刀を拾い上げる。妖怪どもに囲まれ、一触即発の睨み合いになっていた。
「剣呑、剣呑。」
サッと一陣の風が吹いたかと思うと、気付けば儂は山奥に立っておった。コガラシの仕業か。見渡すと、近くの木の枝にコガラシが立って団扇をひらひらと揺らしておった。
「どうして、儂を助けたのじゃ?」
「大将を殺すおつもりなら、殿が直々に殺した、殺した。殿は大将を拾って十年以上育てたのだ、そうだ。手に掛けるおつもりなど更々ない、ない。」
コガラシはにたにた笑っておる。儂はあの冷酷なリュウサキ様に限ってそんな情があるかと訝しんだが、拾った命を無駄にするつもりはない。
「かたじけない、コガラシ。」
「よい、よい。息災で。」
再び風が吹き荒れ、コガラシの姿は掻き消えた。儂はぽつりと今後の身の振り方を考えた。
【コウとスメラギの日記】
神皇国にある日記より一部抜粋
7月4日 コウ
何か記憶がおかしい。誰かとの縁を供物として、カバネが凍り付くのを防いだことは思い出せるんだけど、誰との縁を切られたのか分からない。思い出そうとして日記を読み返しても、なぜか読めない文字がある。俺はどうしてスメラギの敵であるカバネを助けたんだろう。カバネに対しては敵意しか湧いてこないのに。どうしてか分からないし、上手く言葉にできないけど、何かしないと自分が呑み込まれて消滅してしまいそうなくらい不安だ。
7月5日 スメラギ
縁切りの神が断ち切った縁は、どうしたって戻しようがない。これがコウの望んだ結末なの?こんなの、あまりに寂しすぎるよ。私はどうしたらいいのか分からない。コウがどんどん遠くに行ってしまうみたいで。お願いだから、これ以上自分で自分の幸せを狭めてしまわないで。




