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切れた縁(5)

 白刃が煌めいたかと思うと、刃の嵐が降り注いだ。速い。ギリギリで防いだが、防戦一方じゃ。ヒサメの狙いはどうやら儂の刀のようじゃ。甘い。儂は襲い来る刃を避けずに返す刀でヒサメの脚を斬った。


 致命傷を与える気がないのなら、速くても意味がない。負傷覚悟で短期決戦をつけに行く。ヒサメも儂の狙いを察したようで、守勢に転じた。こうなると手強い。儂はヒサメに斬りかかるが、最小限の動きで捌かれる。儂とヒサメはしばらく斬り合っておったが、儂の左目が見えておらぬせいで、左からの攻撃に対する反応が遅れておることに気が付いた。間合いも掴みきれぬ。


 儂が一手間違っただけで詰む。見えずとも、ヒサメの攻撃の癖を思い出しつつ、勘で刀を振るしかない。儂はどうにかヒサメの剣速に追い付きつつ、一撃の重さを利用して押してゆく。ヒサメの刀に重い一撃を打ち込み、体勢を崩す。


 儂は大きく踏み込んでヒサメの肩を斬りに向かう。勝った。そう思った途端、左頬に風を感じた。次の瞬間、儂の喉元にはヒサメの刀の切っ先が突き付けられていた。まさか、今までの速さは全力ではなかったということか?


「勝負あったな、カバネ殿。」


 儂は目を瞑った。ここまでか。静かに刀を手放す。


「…儂の負けじゃ。」


 左目に痛みが走った。再び凍り始めたようじゃ。ヒサメは驚いたように刀を引っ込めた。


「カバネ殿!」

「皇宮におると危ないのじゃ。皇宮を離れよ、ヒサメ!」


 もう頭が凍り付いてしまった。話せぬ。意識はあるが、いつまで持つか分からぬ。ヒサメは冷たいだろうに、儂に縋りついて泣いておる。


「騒々しいぞ。神の領域を血と死で穢すでない。」


 凄まじい威圧感に肺の内まで凍ったかと思うた。この神社の神が干渉してきた。祀られるほど高位な神格など手に負えぬ。鈍色の衣を纏った女神のようじゃ。顔はない。身体のあちこちに無数の赤い糸が絡み付いておる。着物の裾が刃物になっており、動くたびに糸が切れてゆく。


「縁切りの神様であらせられますね。お力を貸して頂けませんか!」


 血塗れの状態で吠えておるのは、癒しの神子じゃ。口の周りは血が付いておる。強引に猿ぐつわを外したようじゃ。


「神を使おうとは身の程知らずな人間よの。」

「彼と彼を凍らせようとしている者の縁を断ち切って頂きたいのです。今すぐに!」

「ほう…。人間のはずだが、強い神気を感じる。」


 神は癒しの神子の目の前に迫った。ヒサメや儂は神気に中てられ意識を保つのもやっとじゃが、仮にも神子、話をする余裕があるらしい。


「畏くも神子などと呼ばれております。」

「其の方、『神の宿り子』か。」


 儂の上半身はもう氷漬けになっておる。ヒサメに支えられてどうにか座っている。


「既に発動しておる術の分まで含めて縁を切るは容易ではないぞ。供物として、相応の縁を捧げてもらおう。」

「代わりに、大切な者との縁を断ち切ると仰せですか?」

「左様。其の方は捧げるに足る縁を持ち得るや?」


 癒しの神子は儂の方を見やった。或いは泣きながら儂の頭を抱き締めるヒサメのことを見ておったのやもしれぬ。癒しの神子は、意を決したように神に向き直った。


「俺と…三宮皇とヒサメの縁をお捧げします。」


 馬鹿な、どうしてそこまで!声が出れば抗議したじゃろうが、儂はもう足を残して凍っておる。なす術もなく見守るほかなかった。


 神は癒しの神子に向かって手を振り下ろした。その手は癒しの神子の身体を貫いたように見えた。癒しの神子の表情が虚ろになったが、怪我をしてはおらぬようじゃ。


「良縁、悪縁、先の世より定めらるる深き縁も、吾が手によりて切らるるは、輪廻すれど涵養すること能わじ。三宮皇と緋雨(ヒサメ)の縁、空と海より遠く隔たん。」


 神は癒しの神子の胸中から一本の赤い糸を掬い上げた。袖の一振りで、その糸はたちまち二つに切れた。やはり、サンノミヤコウと呼ばれておるな。癒しの神子はスメラギという名じゃったと思ったが、正名は違うのか?


「汝が供物、受け取ったり。」


 神は儂の方に歩み寄った。儂の胸元に手が伸びる。魂を引きずり出されるような嫌な感覚に襲われたかと思うと、赤い糸が引きずり出されるのが視界の端に見えた。


「良縁、悪縁、先の世より定めらるる深き縁も、吾が手によりて切らるるは、輪廻すれど涵養すること能わじ。(カバネ)風花(カザハナ)の縁、空と海より遠く隔たん。」


 神は袖の一振りで糸を断ち、癒しの神子の方を向いた。儂の身体は動くようになった。ん?そもそも、何故動けずにおったのじゃったか…?


「疾く去ね。」


 その言葉を最後に、神は姿を消した。後には、儂、癒しの神子、ヒサメが残された。

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