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切れた縁(4)

「そろそろヒサメが来てしまいますね。一時休戦として、ヒサメと話をしてきてください。」

「貴様はどうするのじゃ?」

「この姿でヒサメの前に出たら話がこじれるでしょう。許して頂けるなら、物陰から話を聞いておきたいところですけど…。」


 癒しの神子を制圧しようと思えば簡単じゃろうな。斬っても再生するが、膂力がない。拘束してしまえばリュウサキ様のもとへ連行することも容易じゃろう。


「…虫が良すぎますかね。」

「当然じゃ。貴様が助かるには、もうヒサメを頼るほかないぞ。」


 儂は癒しの神子の反応を窺った。どうもこやつの考えは読めなくて面白い。さて、どう出るか…。


「でも、皇宮の者に黙って貴方に会いに行こうとしているということは、ヒサメは貴方との敵対を望んでいないと思うんです。私が助けを求めると、優しいヒサメは板挟みになってしまいますかねえ。今すぐ殺されるわけではないようですし、ここは貴方に従いましょう。」


 癒しの神子は両手を揃えて前に差し出した。拍子抜けじゃ。儂は縄で癒しの神子を縛り上げた。


「大人しいものじゃな。このままだと儂にヒサメを奪われ、貴様も死ぬやもしれぬのだぞ。よいのか?」

「良いんです。ヒサメが幸せなら、それで。」


 そう呟く表情はすがすがしいほど晴れやかじゃった。


「リュウサキ様は貴様の両親の仇じゃろう。想い人が仇の部下に取られ、自分は仇に喰い殺されるとしても、ヒサメが幸せならば構わぬと?」

「うーん、癒しの神子としてはヒサメを殺してでも止めるべき責務があることは分かっているつもりなのですがね…。ヒサメが俺の名前を呼んでくれたから、俺はこの世界に存在できたんです。ヒサメが幸せであれないなら、俺にとってこんな世界など何の価値もない。」


 話し続けると儂も気が狂いそうじゃ。儂は癒しの神子の持ち物を調べた。本当に丸腰じゃ。被ってきた笠だけは被った者の存在感を薄くする効果があるようで、儂はそれを癒しの神子に被せた。


「…ヒサメを幸せにしてくれるんですよね?」

「当然じゃ。」


 儂は癒しの神子に猿ぐつわを噛ませた。経験則から言って、こういう手合いは何らかの術を使うのじゃ。案の定、癒しの神子は無抵抗じゃった。


 儂は癒しの神子と神社に戻った。癒しの神子は御神木の裏に隠れ、儂は一人でヒサメを待った。


「カバネ殿はおられるか?」


 凛とした声が響く。石畳の階段を上り、美しい白髪が近付いてくる。ヒサメじゃ。儂はヒサメに駆け寄り、抱き締めた。


「ヒサメ、来てくれたか。無事に正名は取り戻せたか?」

「ああ。それは抜かりなく。」

「それならば、儂と共に来てくれるか?」


 ヒサメは黙って顔を背けた。儂はヒサメの顔を覗き込んだ。


「…ヒサメ?」

「もう少し、時間を…。む、カバネ殿?」


 ヒサメは儂の前髪を掻き上げた。左目が露わになる。儂はヒサメの手を払い除けて、左目を隠した。


「その目、どうしたのだ?一月前は普通に…。」

「あの後で失ったのじゃ。大したことはない。こうして止血までして頂いたからのう。」

「カバネ殿ともあろう者が目を失うとは、相手はどんな手練れだったのだ?言え。私が斬ってやる。」


 ヒサメは十年前にリュウサキ様と戦っておる。どうにかリュウサキ様の味方になるよう説得せねばなるまい。儂は溜息を吐いた。


「ヒサメ、前提として理解しておいてほしいのはな、妖怪は立場が弱いのじゃ。特に戦闘に向く妖怪は退治師に追われ、妖怪同士でも相争う。ここまではよいな?」

「うむ。だが、それとカバネ殿の怪我に何の…。」


 儂はヒサメの言葉を遮って話した。


「もう少し待ってくれ。儂らが平穏に暮らす方法は二つある。一つ目は他者との接触を断ち切ること。これは破壊衝動を抱えた夜叉には無理じゃ。二つ目は争いなど生じようもないほど強くなるか、強者の庇護下に入ることじゃ。」


 儂は慎重に次の言葉を発した。


「儂は今、リュウサキ様のもとにおる。」

「…は?」


 ヒサメの雰囲気が変わった。全身から発せられる警戒心と不信感が儂の肌を刺す。


「儂らのような妖怪にとって、あの方は希望の光なのじゃ。あのお方は非情じゃが、庇護下におる妖怪には寛大じゃからのう。」

「カバネ殿はリュウサキがどれほどの人を殺してきたか知らぬのか?」

「ヒサメ、あの方は何も戯れに人を喰ろうておるわけではないぞ。」


 ヒサメは深呼吸した。


「カバネ殿は、リュウサキの行いに賛同できると?」

「ああ。」

「どうしてだ?カバネ殿は元々人間であろう。あのような非道に手を貸す人物とは思えないのだが…。」


 リュウサキ様に賛同する理由を言うたら、間違いなく氷漬けじゃろう。あれは誰にも明かせぬ。


「味方になってくれぬのなら、何も話せぬ。まずは儂を信じてついてきてくれぬか。」

「もうよい。カバネ殿はリュウサキを恐れておるのだろう。私はリュウサキより強いということを示してやる。」


 ヒサメは刀を抜いた。赤い目は真っすぐ儂を見据えておる。ああ、これは脅しではないな。


「すまぬが、大人しく負けてやるわけにはいかぬのじゃ。」


 儂は刀を抜いた。ヒサメに制圧されたら、カザハナ様に凍らされる。取り敢えずはヒサメに勝つしかない。

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