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切れた縁(3)

「付いて来い。」


 儂は癒しの神子の背に刀を突き付け、山奥の墓場に移動した。低級な妖怪がおる気配がするが、近付いては来ぬようじゃ。儂が歩みを止めると、癒しの神子は振り向いた。儂は刀を構える。


「化けて出るなよ、癒しの神子。」

「え、冥途の土産も無しですか。よほど嫌われているようですね。」


 この期に及んで軽口を叩くとは。気味が悪い。


「最後に一つ、結局貴方はヒサメの何なのですか?」

「…許婚じゃ。」

「え…。」


 癒しの神子は今までで一番衝撃を受けたような顔をした。何じゃこやつは。儂は一旦刀を納めた。癒しの神子の顎を掴んで顔を覗き込む。


「神子の生き胆を喰らえば不老不死になるとか聞いたな。あの方に献上しようかのう。」

「あの方…?」


 儂は左目に強烈な痛みを感じて、癒しの神子から手を放した。痛みが徐々に広がっておる。冷たい。まさか凍っているのか。


「急にどうした!?」


 癒しの神子は焦ったように儂の手を退かして左目を覗き込んだ。たちまち表情が蒼ざめる。


「お前、リュウサキの手の者か。」

「どうして、それを…。」


 癒しの神子はぶつぶつと何やら考え込んでいる。


「時間がねえ。完全に凍り付く前にどうにかしねえと…。どうして凍らされたんだ?裏切ったと思われたか?つまり声は聞こえていない。俺らを見ている?失われた左目、凍った眼窩…。」


 もう顔の左半分は凍って感覚がなくなった。癒しの神子が不意に距離を取った。手には抜き身の刀が握られておる。儂は反射的に自分の刀を確かめた。ない。盗られた。


「大人しそうに見えたから油断しましたか?刀さえ奪えばこっちのもん…。」


 儂は癒しの神子に詰め寄り、刀を奪い取ると、その心臓を刺し貫いた。豆腐を斬るくらい簡単に、刀は癒しの神子の身体を貫いて、その血を一身に浴びた。


「グハッ…。」

「もうよい。貴様は殺す。」

「いってえ…。ハッ、躊躇ねえなあ。」


 儂は刀身を一気に引き抜いた。反動で癒しの神子の身体が地に倒れる。儂が懐紙で刀身の血を拭おうとすると、癒しの神子がゆらりと立ち上がった。胸を押さえてはいるが、傷は塞がっている。


「心臓を貫いたのに…。」

「お忘れですか?私は癒しの神子です。」

「奇怪な…。首を落としても甦るか試してみようかのう?」

「ご遠慮願いたいところですね。」


 こうなったらとことん斬り刻むしかあるまい。儂は刀を構えて向かって行った。

 癒しの神子は戦い方をまるで知らぬようじゃった。目は良いようで、斬撃を避けたり逸らしたりすることはできるようじゃが、それだけ。儂が十分警戒して深く踏み込んでおらぬのに、六回は致命傷を与えられた。浅い怪我など数え切れぬほどじゃ。


「嬲る趣味はないでの。そろそろ仕舞いにしようか。」

「随分と…お優しいことで。」


 息も絶え絶えに癒しの神子は言った。儂は癒しの神子の首を斬ろうとした。奴は儂の行動を予想しておったようで、儂が動き出すや否や両腕で首を庇いに行った。甘い。

 宙を舞う二本の手と首一つ。首を失った胴体からは派手に血が噴き上げておる。美しい。


「これで生きておったら、もう儂の手に負えぬな。」


 儂は刀の切っ先を下げつつ、攻撃に転じられる構えで死体を見つめる。手が、動いた。まるで尺取虫のように地面を這いずると、転がる首に近寄り、髪の毛を鷲掴みにして胴に向かい、そのままくっつけてしまった。流石に疲労の色が見えるが、儂に殺せる存在なのか甚だ疑問と言わざるを得まい。


「化物め…。」

「俺もそう思います。伊達に神の力を名乗っているわけではないということです。そろそろ充分そうですね。」


 まさか、奥の手でも隠し持っておったか?儂は身構えた。癒しの神子は顔に付いた血を拭いながら微笑んだ。


「そう警戒なさらないでください。もう氷が広がらなくなったでしょう?」

「は?」


 儂は左目に触れた。確かに、凍り付く気配はない。


「私が話し掛けて、貴方が答えてくれたものですから、内通していると疑われたようですね。すみませんでした。これだけ斬られれば、一先ずは貴方がリュウサキを裏切っているわけではないことが示せたでしょう。お疲れ様でした。」


 癒しの神子は乱れた着物を直し、血を拭いている。儂はまだ構えを解かなかった。


「儂がリュウサキ様に処されぬよう、わざと斬られたと申すか?」

「解呪しても間に合うか分からなかったので。」


 癒しの神子は手の指を曲げ伸ばしながら、事も無げに言った。儂は心臓がざわつくのを感じて、数歩後ずさった。


「どうしてそこまでして儂を助けたのじゃ?儂は貴様の敵じゃぞ?」

「それ以前に、ヒサメの許婚でしょう。貴方が凍ってしまったら、ヒサメがきっと悲しみます。」


 嗚呼、分かった。どうして癒しの神子が単身、丸腰で来たのか。


「貴様、ヒサメを好いておるな?」

「…どうでしょうね。」


 そう呟く横顔は愁いを帯びていて、どうも恋に燃えてのぼせ上がった無謀な若者というだけではないようじゃった。

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