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切れた縁(2)

 約束の日、儂は申の刻に差し掛かる頃に神社に行って辺りを調べた。誰かが来た様子はない。御神木に隠れて誰かが来ないかと様子を窺っていると、笠を深く被った人物が現れた。ヒサメではない。ヒサメより背が低い男のようだ。若そうに見える。人間のように思えるが、こんな寂れた神社に参拝客がいるとも思えぬ。


「あの、警戒しないでください。私は貴方と話をしに来ました。武器の類は一切持っておりません。いらっしゃるのなら、お声を聞かせてくれませんか?」


 予想通り、若い男の声じゃ。それより、これは儂に向かって話しておるのか?儂は刀に手を掛けつつ、男の前に姿を現した。


「主は何者じゃ?ヒサメはどうした?」


 男は儂の姿を認めると、笠を取って恭しく一礼した。黒髪に黒目で端正な顔立ちの美丈夫じゃった。まだ二十歳にもなるまい。


「初めまして。私は癒しの神子、スメラギと申します。」

「何!?」


 癒しの神子、この少年が?夜叉となったヒサメを鎮めたり、災害時に致命傷を負った者らを数えきれないほど救ったりしたと聞いた。じゃが、目の前の線の細い美少年を見ると、とてもそうは思えん。ヒサメではなく、癒しの神子が独りでこの場に来たのは何故じゃ?


「ヒサメをどうした!?」


 儂は刀を抜いて、切っ先をその喉元に突き付けた。癒しの神子は少し驚いたようじゃが、取り乱しはしなかった。


「ヒサメは約束の時間に来るはずです。私は彼女が貴方に会う前に話しをしたいと思って来ました。」


 嘘を吐いているようには見えぬ。じゃが、得心が行かぬ。


「この場所のことはどうやって知ったのじゃ?ヒサメに聞いたのか?」

「スキュタレー暗号を解読用の棒付きで残すのは、些か不用心が過ぎるのでは?」

「すくた…?」


 暗号というと、円筒暗号のことじゃろうか。あれは、術式暗号や式神と異なり、使用者の痕跡が残らない優れものじゃが、看破したとでもいうのか?非術暗号の存在自体、知っておる者がおらぬと思うておったのに、よもや神力まで使える神子が非術暗号を知っておるとは。


「本当は別の呼び名なのでしょうね。でも、私は知りません。ともかく、現場にあった布を矢筒に巻き付けて文字を読んだわけです。さて、お次は私から質問してもよろしいでしょうか?」


 癒しの神子は早口でまくし立てた。どうやら急いでおるようじゃ。


「貴方は何者で、どうしてヒサメに会おうとしているのですか?」

「貴様に話す謂れがない。」


 癒しの神子は妖怪の妖気を抑えることができると聞いた。リュウサキ様は十年前にそれで苦戦したのだと。儂は妖力より剣術に頼っておるから、手も足も出なくなるようなことはあるまい。本当なら話もせずに殺すべきかもしれぬが、死体を処理する前にヒサメがやってくると大変なことになる。一先ずは拘束する方がよいじゃろうか。


「その風貌、妖怪の退治師を屠った実力、ヒサメの縁者か何かとお見受けしました。夜叉であろうとヒサメの身内を売るような真似はしませんよ。先程の言動から、ヒサメの敵ではないだろうと判断しました。事情によってはご協力できるかと思います。」


 儂が明らかに敵対視しておるのに、癒しの神子の物腰は柔らかいままじゃ。何じゃ、罠か?儂は刀の切っ先を癒しの神子の喉元に僅かに沈みこませた。一筋真っ赤な血が喉を伝う。


「よう言うたな。儂らの一族を夜叉にしたり殺したりしておいて、ヒサメの味方気取りか?夜叉と化したヒサメを鎮めたと称して、復讐心を不自然に消し去り、正名を奪い、無理に人間の中に閉じ込めておきながら、何を協力すると言うのじゃ?」

「ヒサメを連れ去るおつもりですか?」


 癒しの神子は儂を睨みつける。この状況で随分と強気なものじゃ。


「連れ戻すと言ってもらいたいものじゃ。」

「待ってください。それより、貴方の一族を夜叉にしたり殺したりしたってどういうことです?」


 十二年前、癒しの神子は五歳じゃったはずじゃ。事の真相を知らぬのは想定内じゃ。


「貴様には関係のない話じゃ。」

「事情も教えてもらえずに、ヒサメを大人しく引き渡すとでも?」

「ほざけ。そもそも、どうやって儂を止める気じゃ?」


 さて、死体の処理をどうするかのう。リュウサキ様なら喰ってしまいじゃが、儂は鬼になりとうない。取り敢えず、この神社で斬るのはマズかろう。神に祟られる。

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