切れた縁(1)
【主な登場人物】
・三宮皇…本作の主人公。日本で暮らす男子高校生。十七歳。
・スメラギ…コウから見たら異世界である、神皇国で暮らす少年。癒しの神子。十七歳。
・ヒサメ…神皇国で暮らす女性。人間ではなく、夜叉という妖怪。二十四歳。
・カバネ…神皇国で暮らす男性。夜叉。二十四歳。
・リュウサキ…神皇国で暮らす男性。鬼。三百歳。
・カザハナ…神皇国で暮らす女性。雪女。三百歳。
・コガラシ…神皇国で暮らす男性。大天狗。七十二歳。
儂は今しがた斬り殺した数名の人間の死体を目の前に刀の血を拭った。こやつらは妖怪の退治師なのじゃが、祓い方があまりに残虐で、時には手出しが禁じられておる古代の精霊に退治する対象の妖怪をけしかけるような真似までしたそうじゃ。儂が皇宮に陳情書を送って下っ端の役人が派遣されたが、奴らの使役する妖怪にやられる始末。情けなし。
このくらいの事態になれば神子の耳にまでこの退治師のことは伝わったはずじゃ。儂は遠慮なくこやつらを殲滅し、ヒサメへの伝言を残すことにした。仮にも退治師ゆえ、少しは骨があるかと思うたが、殺り応えもない相手じゃった。
「相変わらず見事な腕だなァ。」
「リュウサキ様!?」
後ろから渋い声が聞こえたことで、儂は振り返り、リュウサキ様に跪いた。
「お、この男の目玉、なかなか美味そうじゃァねェか。」
リュウサキ様は左手で死体の一つから目玉を抉り取り、頬張った。指に付いた血を死体の着物で拭い取っておられる。雅さすら覚える所作を儂は上目遣いで見ていた。次は儂の番やも知れぬのに。
「オレが来るたァ思ってなかったってツラだなァ。オレに知らせもしねェでこんなことしやがって。」
「申し訳御座いません。リュウサキ様のお耳に入れるほどのことでもなかろうと思うておりました。」
「顔上げなァ。」
儂は言われた通り顔を上げた。リュウサキ様は儂の方に目もくれず、死体を触っている。
「夜叉女にオレが手ェ出さねェか心配かァ?」
儂の心臓が跳ね上がるのを感じた。知られてしまった。
「ヒサメは儂が説得して仲間に引き入れてみせます。どうか、今暫くお待ち下さいませんか?」
「オレァ計画を曲げるつもりはねェし、仲間になった奴ァ悪いようにゃしねェ。」
決行の日までに仲間に引き入れろということじゃろうと儂は判断した。
「有難う存じます。」
リュウサキ様の長い黒々とした爪が、儂の顎に伸びる。儂は顎を持ち上げられ、金色の瞳がジッと儂を見下ろしている。儂は冷や汗が滲むのを感じた。
「だが、テメェが皇宮に捕縛される危険もあるよなァ。テメェの都合でオレらを危険に晒しといて、報告もなしってのァいただけねェ。落とし前つける覚悟ァできてんだろうなァ?」
「…はい。」
実際、リュウサキ様を危険に晒してしまっておることは否めぬ。儂は申し開きをするつもりもなかった。ヒサメを助けたい一心で、リュウサキ様の目を盗んで接触したのじゃから、殺されても文句は言えぬ。
儂がリュウサキ様の仲間に加えて頂いた時には、ヒサメは既に死んだものと思うておった。十年前の皇宮襲撃の時にも、儂は近衛兵の足止めをしておって、御所までは行かなかったため、ヒサメに会うておらぬのじゃ。神子の護衛が白髪に赤い目の夜叉じゃと知って、まさかと思うて調べたら、大当たりじゃった。無事に助け出すまで、リュウサキ様には知られとうなかったのじゃが…。
「いい覚悟だ。目ェ瞑りな。」
儂は目を瞑った。逆らったところで儂に勝ち目はない。
左目に鋭い痛みが走った。儂は呻き声を上げて左目を抑えた。生温かい感触が頬を伝う。目を抉り取られた。
「止血してやっちゃくれねェか、カザハナ。」
「畏まりましたわ、吾が君。」
女性の静かな声が聞こえてきた。左目が凍り付く感覚がする。儂は恐る恐る右目を開けた。長い銀髪で銀色の目をした、儚げな美女がリュウサキ様のお隣に立っていた。雪女のカザハナ様じゃ。
「まァ、後は上手くやんな。」
「それだけで済ませるおつもりですか、吾が君。」
「剣士の目ェ奪ったんだ、仕置きとしちゃァ充分さ。」
カザハナ様は不服そうに儂のことを無言で睨みつけておる。儂はお二人に平伏した。
「リュウサキ様に無断で蛮行を行ったこと、誠に申し訳御座いませんでした。ヒサメは儂より格段に強う御座います。ヒサメをリュウサキ様の配下に加えて頂ければ、必ずやお役に立つでしょう。その後でしたら、儂を如何様にも処して下さいませ。」
「だとよ、カザハナ。この言葉が上辺じゃねェこと、オメェの方がよく分かってるだろーが。こいつがオレを裏切ったら、カザハナの術で凍り付くじゃァねェか。心配すんな。」
儂も見たことがある。リュウサキ様に牙を剥いた妖犬が瞬く間に凍り付いたのを。
「そうですわね。吾が君が放っておくとお決めになったのなら、わたくしは見守るだけですわ。」
カザハナ様は白い息を吐いた。
「有難う御座います。」
リュウサキ様とカザハナ様は立ち去ってしまわれた。儂は当初の計画通り、死体の傍に用意してあった矢筒と暗号を書いた布を置く。次の朔の日、酉の刻にとある山中の神社で会おうという伝言じゃ。
「頼むから、仲間になってくれよ、ヒサメ。」




