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ヤマアラシのジレンマ(1)

【主な登場人物】

三宮(さんのみや)(こう)…本作の主人公。日本で暮らす男子高校生。十七歳。

・スメラギ…コウから見たら異世界である、神皇国で暮らす少年。癒しの神子。十七歳。

・ヒサメ…神皇国で暮らす女性。人間ではなく、夜叉という妖怪。二十四歳。

・カバネ…神皇国で暮らす男性。夜叉。二十四歳。

「おはよう、スメラギ殿。」


 私はスメラギ殿に声を掛けた。スメラギ殿は私に微笑みかけた。


「おはよう、ヒサメ。今日は辻斬りと化してしまった武者幽霊と手合わせして成仏させてあげるんだっけ?私も行った方がいいかな?役には立てそうにないけど。」


 ああ、今日はコウ殿か。スメラギ殿ならば、武者幽霊を討伐するというはずだ。コウ殿はどうも妖怪を人間扱いする癖がある。良く言えば優しい、悪く言えば甘い人間だ。


「私が一人で行こう。コウ殿が怪我をするといけない。」


 コウ殿は困ったように眉を下げて笑う。


「あ、分かった?ごめん。俺だと足手まといだよね。気を付けて。」

「別に足手まといということではないが、私一人で充分だ。」

「ヒサメは強いからね。待ってるよ。今日は都に市が立っているんだろ?早く終われば、一緒に回れるんじゃないか?」


 スメラギ殿の日記に書いてあったのか。できるだけ早く退治して戻ってこよう。一太刀で斬り伏せてやる。


「それにしても、死してなお、強い者と斬り合いたいなんて、どういう人だったんだろうね。剣術に生涯を捧げた武士とか、或いは無念にも闇討ちされたのか…。」


 コウ殿の声色は友人を気遣っているかのような響きだった。


「まさか強者と見るや斬りかかる悪霊と話してみたいなどと言うまいな?」

「話すことがその人の望みならそうしたいけど、戦うことが望みなんだろ?俺の好奇心を満たすためだけに対話しようとは思わないさ。その人に失礼だ。ヒサメが適任だよ。」


 やはりコウ殿は変わり者だ。帯刀している者や戦闘に長けた妖怪と見るや勝負を挑んで殺す悪霊のことなど、普通ならさっさと退治することしか考えない。生前どういう人間だったのかと考える者は稀だろう。ましてや、その答えを聞き出すことを悪霊が望まないだろうと考えるなど、常軌を逸しているとしか思えない。


「貴殿は怖くないのか?」

「何が?」

「…妖怪が。」


 コウ殿は苦笑いした。


「戦いもしないのに呑気な発言だったね。ごめん。」

「むぅ、別にそういう意味で言ったわけでもないのだが…。純粋な好奇心だ。先日、私は貴殿に襲い掛かって手傷を負わせただろう?一緒にいることが怖くはないか?」


 コウ殿は困ったように眉を寄せて笑った。


「俺が無力だから、ヒサメに余計な心配を掛けるねえ。」

「そもそも、普通は夜叉と人間が共に過ごすなどあり得ぬ。スメラギ殿は私が破壊衝動に呑まれたとしても鎮めることができるから、護衛として共におるだけだ。貴殿と二人でいる時に私が貴殿に襲い掛かったらどうする?」


 どうもコウ殿には危機感が足りない。コウ殿は別世界から来た人間であり、その世界には人間しかいないと聞いている。そのため、妖怪の恐ろしさが分からないのだろう。しかし、先日はコウ殿の命が危険に晒された。妖怪の危険性が身に染みて分かったのではなかろうか。


「…ヒサメは俺と一緒にいるのは怖い?」

「む?」


 コウ殿が私の手を握ってきた。握り返したら潰れてしまいそうなほど柔らかい手だ。私はコウ殿の顔を見つめた。口角は僅かに上がっているが、今にも泣き出しそうな妙な表情だ。


「スメラギを傷付けてしまいそうで、怖い?」


 どうもコウ殿の考えは分かりかねる。


「そうだな。コウ殿を傷付けてしまうのは怖いぞ。」

「そうか。俺のせいでスメラギを危険に晒せねえもんな。」

「スメラギ殿というより、コウ殿がな。」


 コウ殿はクスクス笑っている。


「俺はいいんだよ。ただ、この身体はスメラギに借りてるからな。」


 コウ殿は目を瞑り、自分の胸を擦る。


「俺はもう、ヒサメに会わない方がいいよな。」

「否、そこまでは…。」


 必要ない、と言い切れるのか?コウ殿の安全のためには、それがよいのではあるまいか。ただでさえ彼は優しすぎる。こんな血に飢えた化物には近付かぬ方がよい。


「…ヒサメ。」


 コウ殿は俯いている。声が妙に震えている。


「今までありがとう。」


 コウ殿は消え入りそうな声で呟き、部屋から出て行った。取り残された私は、暫くの間動けずにいた。何故だろう。これが正しいはずなのに。


「…分からぬ。」

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