神隠し(1)
【主な登場人物】
・三宮皇…本作の主人公。日本で暮らす男子高校生。十七歳。
・スメラギ…コウから見たら異世界である、神皇国で暮らす少年。癒しの神子。十七歳。
・ヒサメ…神皇国で暮らす女性。人間ではなく、夜叉という妖怪。二十四歳。
・イクサ…神皇国で暮らす男性。強化の神子。二十八歳。
「おはよう。スメラギ殿。」
優しい声がする。俺はゆっくりと目を開けた。赤い目が俺を見下ろしている。白い長髪が俺の頬をくすぐる距離だ。近い。不意打ちに顔を赤らめながら、俺は起き上がった。
「おはよう、ヒサメ。」
俺が言うと、ヒサメは俺を見つめた。俺は耐えきれずに目を逸らした。寝起きから美人の顔が間近に迫るとか刺激が強すぎる。思春期真っただ中の十七歳の男子高校生にとって、素直に眼福だと喜べる状況ではない。
「コウ殿か?」
「お、流石ヒサメ。そうだよ。」
俺は今、この世界、神皇国のスメラギの身体に入っているが、実は別人で、普段は日本で暮らす、三宮皇という人間だ。今頃、俺の身体にはスメラギの魂が入っているはずだ。初めて入れ替わった十年前は訳も分からず泣き喚くばかりだった。しかし、定期的に入れ替わり続けること十年、もうすっかり慣れたものだ。俺とスメラギの顔や声、年齢、性別、家族構成などがことごとく一致していることも入れ替わりに適応できた要因だろう。
俺は辺りを見渡した。ここは宮中のスメラギの部屋ではない。前に入れ替わった時は外出の予定がなかったはずだから、この一週間で何かあったのだろう。
「スメラギの手記を読むから、少し待っててくんない?」
俺は日記帳を取り出した。スメラギが昨日までの出来事を書いた日記を読まないと、現状が分からない。ヒサメは荷物を整理し始めた。俺は黙ってページを捲った。
「マジか…。」
とある農村で、人々が神隠しに遭っているらしい。妖怪の仕業だろうということで、神力を持った『神子』であるスメラギとイクサが調査に向かっている最中だという。もう一人の神子、ミライは宮中にいるようだ。まあ、彼女は現地調査向きの人材ではない。
「三人しかいない神子のうち二人が調査に向かっているのか?ヒサメと俺じゃ駄目なの?そこまでの案件なわけ?」
「そう言われても分からぬ。ミライ殿がこの三人でと言ったようだ。」
ミライは『遠見の神子』であり、未来を見通すことができる。そのミライがこの三人でと言ったのなら、それが最善なのだろう。
「イクサとヒサメの両方が必要な事態って何?鬼か天狗でも出たのか?」
イクサは『強化の神子』だ。自分や他人の能力を強化することができる。その身体能力は大半の妖怪を遥かに凌駕する。ヒサメは夜叉であり、その剣術は達人の域だ。二人とも一人で妖怪退治なんて余裕だ。
「分からぬ。比較的短期間に大人数が神隠しに遭ったようだが、誰の仕業か見当もつかないらしいのだ。」
「もし、ヒサメとイクサの二人の力が必要なほど強い妖怪の仕業なら、スメラギの癒しの力が必要なんじゃねーの?俺じゃマズくね?」
スメラギは『癒しの神子』であり、怪我や病気、霊障などを治すことができる。俺はできないが。
「起きたかい?スメラギくん。」
イクサの声がした。俺は日記帳を閉じた。立ちながら返答する。
「ええ。遅くなってすみません。今行きます。」
襖を開けると、赤い癖っ毛に赤い目をした、百八十㎝くらいの身長の男性が立っていた。がっしりした体型で、筋肉質だ。俺より十一歳上、二十八歳の頼れるお兄さんだ。
ちなみに、彼はスメラギが別世界の住人と入れ替わっていることなど知らない。そのことを知っているのは、こちらの世界、神皇国ではヒサメとミライだけだ。
「浮かない顔だね。何かあったのかな?」
「あ、実は今日は神力が使えない日みたいで、お役に立てそうにありません。本当にすみません。」
イクサに失望されるんじゃないかと恐れたが、イクサは快活な笑みを浮かべた。
「何を言っているんだい。スメラギくんの助けがないと、ボクらでは誰の仕業か突き止められない。頼りにしてるよ、スメラギくん。」
イクサの爽やかな笑顔が眩しい。イケメンすぎる。俺が女だったら惚れていたところだ。危ない、危ない。
「私まで巻き添えにするのか。」
「まあまあ、ヒサメくん。適材適所というヤツさ。」
俺は振り向いた。いつの間にヒサメが立っていた。真っ白な長髪をポニーテールにしており、吊り上がった赤い目は端正な顔立ちを近寄りがたい雰囲気に変えている。百七十五cmはある長身も相まって、美人というより怖い印象が勝つ。紺色の着物に愛刀を佩いている。この名刀は、今まで妖怪や人間の血を相当吸っているはずだ。
「確かに、否定はできかねるな。」
「そうと決まれば、早速行ってみよう。まずは村長に聞き込みかな。」
「はい!」




