盗人タヌキ(4)
「目覚めよ、ツユハライ。」
近くで叫び声が聞こえた。やはりまだ近くに潜んでいたか。俺はヒサメと目を見合わせる。二人で叫び声のした方に行くと、五歳くらいの子どもがタヌキを押さえつけていた。子どもは俺を見ると、にっこり笑った。
「主様!酷いですよ、ツユをこんな畜生の手に渡してしまわれるなんて!」
「すみません。軽率でした。」
「良いんです。主様がご無事なら、ツユはそれだけで満足です。」
ツユハライは涙ぐみながら俺に抱き付いてきた。ヒサメがタヌキの首根っこを掴んで持ち上げている。俺はツユハライの頭を撫でた。
ツユハライはスメラギが所有する守り刀の付喪神だ。普段は完全に眠っており、短刀の姿をしている。主であるスメラギ、或いは俺が名前を呼ぶと、五歳くらいの子どもの姿を取って現れる。刀の付喪神とはいえ、戦闘用ではなく護身用なので、戦闘能力は高くない。
「ツユは…ツユは眠いです。」
「起こしちゃってごめんね、ツユハライ。休んでいいよ。」
ツユハライは短刀に戻ってしまった。彼は十年前の襲撃でスメラギを守って大きな傷を負ってしまった。スメラギが傷を癒やしたのだが、力が回復しないらしい。今の彼は、人型になることもままならない。
「さて、タヌキさん。改めて、コノハという豆狸について知っていますか?」
「し、知らないポン!」
タヌキはヒサメに首を掴まれて持ち上げられた状態で、懸命に手足をばたつかせている。ヒサメはタヌキを握る力を強めた。
「ふむ、晩飯はタヌキ汁だな。」
「で、でも!最近、獣妖怪から金品を騙し盗る人間がいるみたいで、破滅した妖怪も多いみたいだポン。もしかしたらだけど、コノハも騙されて借金を背負ったから、宮中で盗みを働いたのかもしれないポン!」
タヌキは必死にまくし立てる。ヒサメは自分の目の高さまでタヌキを持ち上げる。
「今度騙したら、生きたまま生皮を剥いでやるぞ。」
「信じてほしいポン!」
タヌキは涙目だ。軽い悪戯にしては代償が重くて可哀想だな。
「その人間の居所は分かります?」
タヌキは首を横に振る。かわいい。
「知らないポン。騙された妖怪は騙された時の記憶がないみたいだポン。何か妖術を使われたみたいだポン。」
「どうしたら会えると思いますか?」
「人間が現れるのは、決まって三瀬橋の上らしいポン。待っていたら会えるかもしれないポン。今日現れるか、三日かかるか、それは分からないポン。」
すぐにでも来るはずだ。そうでなければミライがわざわざ俺たちを送るはずがない。
「その人間の見た目は?」
「薄汚いおじさんらしいポン。」
酷い言いようだ。まあ、おっさん相手なら、こちらとしても容赦なく捕獲できる。
「ありがとう。知りたいことは聞き終えました。」
「斬っていいか?」
ヒサメは愛刀に手を伸ばす。タヌキは必死に身を捩る。
「命だけはお助けくださいポン!」
「やめてあげて、ヒサメ。役人に引き渡せばいいさ。」
俺はタヌキに目線を合わせた。
「何か小さい物に変化できますか?この中に入れるような。」
俺は水筒を取り出した。タヌキは赤べこのように激しく首を振る。俺は中に入っている水を全て捨てた。
「入ってください。」
タヌキは縮んだかと思うと、手のひらサイズになった。するりと水筒の中に入ってしまった。
「橋に行ってみようか、ヒサメ。」
「ああ。」
三瀬橋は町の外れにある小さな橋だ。俺たちは橋が見える草叢に隠れて人間を待つことにした。辺りが薄暗くなってきた時に、男が現れた。
「あれか?」
「制圧してみれば分かるだろう。」
言うなりヒサメは飛び出した。走りながら抜刀し、反応もできずにいる男の首元にその切っ先を突き付ける。こうなっては仕方ない。俺は男の前に歩み出た。
「手荒な真似をしてすみません。少し訊きたいことがあります。」
「おいおい、物騒なモンを仕舞ってくれよ。目にも留まらねえ速さだったが、お嬢ちゃん、妖怪の類か?」
男は顔の横に両手を上げた。随分と舌の回るヤツだ。
「話を逸らすな、人間。」
「ちゃんと答えるから、刀を下ろしてくれよ。」
俺はヒサメに合図をして、剣を仕舞わせた。
「コノハという子を知りませんか?」
「テメーら、あのタヌキの知り合いか?」
「コノハさんは今どこに?」
「ああ、それはだな…。」
男は考え込むように顎に手を当てた。次の瞬間、猛禽類の鳴き声のような甲高い音が響いた。俺は身構える。
「何をした!?」
「あーあ、テメーは人かあ。まあいい。」
俺は嫌な予感がして反射的に飛び退いた。ヒサメが頭を押さえて呻いている。




