盗人タヌキ(2)
俺はミライの部屋の前に着いた。取り次いでもらって中に入る。青い髪を結った十四歳の少女が座っている。その瞼は固く閉ざされている。彼女は目を開けると未来が見えるため、必要のない時は目を瞑っているのだ。
「急に押しかけてごめん。実は…。」
「狐狗狸町。」
ミライは静かな口調で言った。そこにコノハがいるということだろうか?全て見透かされているようで気味が悪い。スメラギはミライのことが好きなようだから、露骨に避けはしないけども。
「そこにコノハがいるの?」
ミライからの反応はない。
「ねえ、掛け軸が盗まれる未来は事前に予測できなかったの?」
ミライはまたしても無反応だ。予測できていたのだろうな。ミライの予知はかなりの精度だ。
「どうして止めなかったんだ?」
「必要だから。」
ミライは口数が極端に少ない。あまり話しすぎて未来が大きく変わると彼女の手に負えなくなるそうだが、日常生活に支障をきたすレベルの語彙の少なさだ。
「何に必要だったの?」
「貴方のために。」
「俺が解決することで何か変わるわけ?こんな役立たずなのに。それとも、癒しの力でも手に入るの?」
「コウ、貴方の能力は魂の在り様が決める。」
「それってどういう…。」
ミライは唐突に目を開いた。真っ青な瞳は俺の遥か先を見ている。怖い。まるで人形の眼のようだ。
「もう行って。時間がない。」
「分かった。陛下に謁見して外出許可を…。」
「もう取った。ヒサメとコウの分。行って。」
ミライは有無を言わさない口調だった。もう目を閉じている。
「行ってくるよ。どうもありがとう。」
ミライは黙って頭を下げた。俺が部屋を出ようとすると、ヒサメが来たと侍従が告げた。偶然にしてはできすぎている。
「入って。」
ヒサメは俺を見て頭を下げた。
「スメラギ殿がいたのか。では、私は出直すとしよう。」
「二人で行ってらっしゃい。」
「…ミライ殿?」
ミライはヒサメに説明する気がなさそうだった。俺は溜息を吐く。
「行こう、ヒサメ。急がないといけないみたいだ。移動しながら説明する。狐狗狸町って知ってる?」
「あ、ああ。獣の妖怪が多く住む町だろう。都から近かったはずだ。」
俺は自室に戻り、念のため、スメラギが用意していた護符を懐に忍ばせる。スメラギが癒しの力を籠めて描いた護符には、致命傷すら癒やす力があるらしい。それも一時間はその力が持つとか。神力と呼ばれるだけはある。
俺とヒサメは馬房に着いた。確かスメラギは馬に乗れたはずだ。
「馬に乗って行った方が早いな。」
「相乗りじゃ駄目?俺、自信がないよ。」
「む?そうか、今日はコウ殿だったか。」
「あ、ごめん。そういえば言ってなかったね。コウだよ。」
名乗らないで俺とスメラギを見分けられるのは、両世界を通じてミライくらいだろう。俺はヒサメのことが好きなので、見分けてもらえないと少し寂しい。ヒサメは別に俺のこともスメラギのことも恋愛的な意味で好きではないので、キモいだけだということは重々承知なのだが。
「なら、私の前に乗れ。」
顔色一つ変えずに言うヒサメを見て、俺は顔が赤くなるのを感じた。俺、なんてことを提案してしまったんだ。相乗りってことは、つまり…。
「ごめん、やっぱナシ!スメラギが乗馬できるなら、この身体は感覚を覚えて…。え?」
いつの間にか葦毛の馬に跨っていたヒサメは、俺の腕を引いて片腕で軽々と持ち上げ、自分の前に座らせた。背中越しに温もりが伝わってきて、髪に塗っている油の香りが漂ってくる。
「ヒサメ、下ろして!」
「しっかり脚を締めておけ。落ちるぞ。」
俺が抗議する間もなく馬は走り出し、俺は馬のたてがみを掴んでバランスを保つだけで精一杯だった。
「して、何用で狐狗狸町に向かっているのだ?」
俺は手短に掛け軸が盗まれたこと、犯人が狐狗狸町にいると思われることを話した。
「掛け軸か…。」
ヒサメの声色が明らかに熱を失った。興味ないんだろうな。
「御所で窃盗があったとなると、陛下の威信にかかわるだろ。」
「むう、それもそうか。すまぬ。私が浅慮だった。」
「ごめん、嘘。俺が好きな絵だったってだけ。めっちゃ私的な理由だよ。」
「正直だな。すまぬが、私には絵の善し悪しが分からぬゆえ、共感はできかねる。」
ヒサメは少し真面目すぎる。そこが可愛いのだが。
「いいの。俺の我が儘に付き合わせちゃってごめんね。」
「構わぬ。陛下の御為だ。」
ヒサメは神皇家に対する忠誠心のみで動く。実に頼もしい。




