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17-3 Theater(幻影)――新宿

挿絵(By みてみん)


 ――あり得ない。

 不可能だ。絶対無理だ。

 あの闇の中、数秒で全員隠れられるものか。マイクなら可能かも知れないが、そんな時間は無かったはずだ!

 首や視線は左右に泳ぎ、薄暗いシアターをくまなく見渡してみる。スクリーンは真っ白に照らし出されるばかりで、映像らしいものは一切流れてこない。

「み、みんな! どこだ!」

 上映中は静かに――。ミエコの言葉が脳裏を過るがそんな決まりなど守ってられない。チラチラと瞬く反射光に照らされて、椅子や壁、天井の凹凸は陰影グロテスクに浮かび上がる。吐き気すら襲ってくる不気味な静寂に、冷や汗が一筋顔を伝った。

 常識で吐かれぬ異常な事態。

 其れ即ち怪異也。

 ならば調査することが私の使命ということになる。

 まずこの空間を調べる必要がある――と思い立ったその時。


「これは人間の物語――」

 突然、真っ白のスクリーンが鈍く明滅し、女の声がスピーカーから響き渡った。

 聞いたことのない声。やや太めで機械的な印象を受ける声だ。映像は僅かに明滅した後、暗黒の宇宙に浮かぶ青い星を煌びやかに映し出した。

 真っ白い雲の輝き、真っ青で広大な海、見たことのある海岸線。

 ――()()()()()だろう。宇宙から地球を見ることなんて人類が未だ実現出来ていないから想像図に過ぎないのだろうが、こんなにも美しいものなのか。

「昔々のことでした。この地球には様々な生物が生まれ、繁栄と絶滅を繰り返していました」

 声色は単調にして変わらず。

 映像が地表へ拡大(ズーム)し、舐め回すように地平線や水平線を間断なく映し出していく。合成映像でも無い限り、人間には撮影不可能な視点の映像が流され続ける。

 ――美しい。

 異常事態など忘れ、僅かな間であるが見蕩れていた。今まで見たこともない圧倒的映像体験。フィルムでこんな総天然色映像(フルカラー)が出来る訳がない。唯一比較できそうなのは函館要塞に向かった時、輸送機窓から眼下に広がる空と海の青だが――それすらも比肩できない。

 声と映像が渾然一体となって脳を揺さぶる。

「その中に手と脳を使い、火を得て衣服を得て自然を克服する生物、人間が現れました」

 地平線からズームし、映るのは毛深い原始人。

 既に松明と毛皮の服を着ている。

「人間は集まって知恵を絞り、自然を改造して衣食住を急速に拡充していきました。寒冷化した気候を克服するように人類は繁栄し、他の生物では見られないほどの急速に繁殖を進めたのでした」

 ……そうなのだろう。

 地質学や人類学に明るい訳ではないが、教科書や書籍一般で氷河期や原人が進化の途上にいたのは知っている。間違ったことは言っていない。

「進化の過程で、人間はこの世のあらゆる事象を理解すべく様々な憶測と推定を行い、体系化し、己自身を縛る()()としていきました」

 この言葉は――。 

 脳裏の片隅で語彙の羅列が引っかかった。

「彼らにとって世界は不思議な物だらけでした。河も海も山も空も、何もかもが人間にとっては敵わぬ強大な自然現象でした。人間は憶測と推定を畏怖を込めて新たなる規律、神話と成し、この世を彩っていきました」

 ささやかな違いはあれ、これは()()()()()

 怪訝にスクリーンを見ていると映像が瞬く間に切り替わる。映し出されたのは、人間。槍や鉾、盾や鎧で武装する人間の群れ。古代の埃及(エジプト)や欧州であろうか――様々な人種が黄金色や白銀に輝く防具を身につけ統率の取れた陣を組んでいる。

「一方で、人間は他の動物より愚かしい存在だった。相争い、殺し合い、奪い合い、犯し合う。全てにおいて憎悪と悪意を滾らせる厄介な生き物なのだ」

 突然――、ナレーションが図太い男の声に変わる。こちらも聞いたことがない。女と同じくどこか機械的で、非人間的な響きである。その断定的な口調もあり、聞いていて自然と慄然の感が背筋を走る。

 映像も無惨である。

 鉾が肉体を貫き、血肉が飛び散り、首や耳を切り落とす。血河は大地を染め上げ、死屍累々の渺々(びょうびょう)たる荒野。

「自然への畏怖と人間の憎悪。この二つが合い混じり、伝わり、体系化され、また生産され続ける。自然への畏怖は人類への規律に過ぎなかったはずが、世界を縛る規律に憎悪が流れ込む」

 映像の視点は再び天高く、広大なユーラシアを見渡せるほど上昇した。先程の血肉の争いも雄大な自然の前ではちっぽけな些事に過ぎない。そう言いたいかのような視角である。

「流れ込む先は――()

「人間の畏怖と悪意が大地を這う蛇のようにねじり、動き、のたうち廻る」

「人間自身が作り出した意識の集合が地中に満ちる」

「ヨルムンガンド、ウロボロス、そして――」

「「()()」」


 男と女の声が交互に迫り、そして()()した。

 混じり合ったその声は――()()()

 嗚呼、あの声なのだ!

 馬腹の誘い、化灯籠の怨嗟、ダゴンの呻き。

 その全てが『()()()()()()()()()()』だった。

 ――宜なるかな。

 元々合一していた声を今まで分けていたのかも知れない。

 しかし、これでハッキリした。今ここに流れている音声は怪異だ。私を誘うように翻弄し続けた声が、怪異が、明瞭に何かの事実を羅列しぶつけてきているのだ。

 地球を見下ろす天上の視点を映し出すスクリーンを、私は唇を噛みしめながら見上げた――。

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