16-11 inspector(太歳)――狭山湖
夕闇忍び寄る狭山湖の堰堤で、顔を歪め殺気立った男が4人。一挙手一投足に戦闘の疲労と言い知れぬ感情がまざまざと溢れ出ている。
「『……邪魔をしたな、バーナード、マイク』」
開口一番恨み言。
「『そちらの銃口が怪異だけに向いているように思えませんでしたので』」
「『そうだぜ。そっちこそ怪異討伐の邪魔するんじゃねぇよ。だから目の前で警告射撃の一発――ってこった』」
憮然としたあからさまな敵意。ピリピリと肌を刺す視線の交錯に私は眉を顰めるしかない。
――いったい何が?
「『戦いの最中、仲間に銃を向けるのは敵対行為に他ならないでしょう?』」
「『フン――、仲間か。もし彼が奴と合一を果たしていたら、お前達はどうするつもりだったのだ?』」
――あぁ、そうか。
彼らと出会ってからの言葉が脳裏を駆け巡る。私はそういう目でしか見られていなかったのだ。
「『俺達がいる限りそんなことは起きないし、起こさせる訳がない』」
「『ハッ――甘いな』」
ウィリアムが口角を下げながら乱暴に髪を掻き上げた。
「『俺たち監査官の任務は要因の排除も含まれる。……ウラベ、君は奴の言葉に少しでも心を動かされたか?』」
『……いいえ』
「『本当か?』」
ほんの僅か一撮みの懊悩が視線を揺らす。
陰摩羅鬼達が本当に消された戦友達だったとしたら――。彼らが私の今を許してくれるというのなら、心の隙間に開いた穴を塞ごうとしたかも知れない。
『――ウィリアムさん。それを問うても意味は無いわよ』
突然ヒノエが割り込んできた。
『加藤の甘言も窮余の一策も、私が陰摩羅鬼を見抜いた時点で破綻したわ。卜部さんに限って、奴に靡く事なんて万に一つも無いわ』
「『……どうだかな』」
私は、――何なのだろう?
私を疑う者、私を支える者。
それぞれが威嚇し合うように空中戦を展開する。
そのただ中にいて只管に孤独。オロオロと視線と首を動かすばかり。
『卜部さん、ごめんなさい』
ヒノエの謝罪が深々と脳裏に染み入る。
『今回の事件、私達「ラセツ」はこれくらいしか手伝えないの』
『……どういうことですか』
「『上からのお達しという意味だよ、ウラベ君』」
ウィリアムが眼光鋭く睨み付けてくる。
「『神聖同盟とラセツの協約だ。――この際だ、ハッキリ言おう。君は本部からは忌み嫌われている』」
婉曲や外連味など一切無く、明け透けに嫌われる。清々しいほどに言葉をぶつけられるのは、怒りを通り越して驚いてしまった。
『私の、邪眼ですか……』
「『君の異能は強すぎる癖に制御が不安定だ。マイクのように安定しているならまだしも、強力なサイコキネシスまで手に入れた君の眼は、まだこれからも成長するかも知れない。加藤との合一が成功していたらどんなことになっていたやら。もしかしたら太歳自身に……』」
その一点が彼、いや『神聖同盟』本部の懸案か。
だが私だって好き好んで異能を振り翳している訳じゃない。文句を言っても始まらないが、それでも言葉にしてぶつけてやろうとした、その時。
「『……さっきから聞いてればなんだい! ふざけるんじゃねぇッ!』」
クラウディアの甲高い怒号が狭山湖の空に響き渡った。
「『命を張って一緒に戦ってきたウラベを化け物みてぇに言いやがって! ウラベはな、お前らなんかよりずっと真面目で、私が安心して背中を預けられる仲間なんだ! そんな奴を忌み嫌う本部連中の方がどうかしてるぜ!』」
「『クラウディア……』」
「『私も同意見です。本部は明らかに警戒しすぎです。彼は彼の意志で戦っています。彼の意志で生きているんです。それを無視してまで統制、介入を図るのは……明らかにおかしいです』」
デービッドの援護にウィリアムが片眉を上げた。
「『デービッド、先程バーナードに言った通りだ。これはそれだけの事態に繋がる可能性が高い案件なのだ。いずれ我々、……いや、全人類への脅威に』」
「『ウィルッ!』」
仁王の大音声。
「『もういい。我々日本支部はウラベを仲間として扱うし、誰にも利用させない。――全ては彼自身が決めることだ。天使や悪魔に惑わされず、人間のために戦うことこそが我々の究極使命のはずだ。……そこまでにしておけ』」
悲哀と郷愁を込めたような視線がウィリアム監査官に送られる。
「『――フン』」
そっぽを向いたウィリアムが踵を返す。剣闘士のような佇まいの監査官達が、憎々しげに私を見つめる。
――それは一体何の眼だ?
恐れか? 畏怖か?
答えを投げかけることも出来ず、監査官達は堰堤の向こう側に向かって歩き出した。堰堤に闇に染まりつつある夕映えを浴びて殺気を孕んだ男達の影が伸びる。
「『――あぁ、そうだ、ウラベ君』」
振り返りもしない。背中で語っている。
「『もし君が「同盟」に楯突く事態となったならば、私も二度と引き金を引くのを躊躇いはしないだろう。君の意志とやらが、人のためになることを祈っている』」
最後の言葉。
蘇った中隊長。
混じることなかった太歳の因子。
黒き御方。
神聖同盟とラセツの協約。
人類の脅威――?
私の疑念の答えを監査官は持っているだろう。だが、きっと教えてはくれまい。隊長に尋ねるのは良いだろうが、彼も全てを知っている訳ではないだろう。だが心の奥底で蠢く感覚が私の脳裏に囁く。
答えは常に自分の中に。
答えは常に自分の意志に。
去りゆく彼らを見送りながら、闇混じる狭山湖の夕空に言い知れぬ不安を覚えずには居られなかった――。




