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16-9 inspector(太歳)――狭山湖

挿絵(By みてみん)


「『……いずれ分かるさ、厭でもなぁ』」

 捻くれた口角は畏怖を滲ませながら私を侮る。俄に揺れていた黒刀の切っ先は、ピンと真っ直ぐ天を向きそそり立っている。

 上段の構えにその意志を見るべきか。

「『()()()()()は武家のならい。死に損なった貴様を半殺しにして、穢れきった魂を()ぎ取ればいずれ同じ事』」

 そう言って赤黒い瞳は私を捉える。

 力を込めていないであろう邪眼だが、それでも吐き気を催す。奴の瞳は私を殺したくてしょうがないのだ。

「『させねぇぞ、そんなことはよ……』」

 脳裏に響き渡るのは自信に溢れたクラウディアの声。

 加藤との会話で気づかなかったが既に辺り一帯、断末魔の狂騒はピタリと止んでいる。周りを見渡せば、夕闇強く静寂なる狭山湖が昏々と水を湛えているばかりである。風は凪ぎ、空気が詰まる。響き渡るのは頼もしき声だけ。

『陰摩羅鬼、全滅を確認!』

「『残るは貴様だけだ、カトウ』」

 傷だらけの隊長が私の左前方に歩みを進める。所々破れ、血を滲ませるフィールドジャケットは激戦の証だ。

「『虚仮にされた分はきっちり返すぜ』」

「『無念を吐く暇があるなら、さっさと墓に入ることをオススメします』」

 クラウディア、デービッドが右に。きっとマイクは隠れながら最高の位置取りをしているに違いない。

 ――頼もしい仲間達。

 死んでいった戦友達に見せるべきは懺悔ではなく、()()姿()だろう。今を精一杯生きて支え合う、人の世の理だ。

「『大尉! 貴方は既に死んだんです! 貴方を蘇らせた何者かは分かりませんが……、同じ眼を見た者として貴方を捨て置くことは出来ません。ここで』」

 ――終わらせます。

 柄を力一杯に握ると、刀身から力が溢れるように腕に力が漲り始めた。青眼の構えにて、切っ先に憎悪と懺悔と祈りを込めて。

「『ひひ、ひひひひ……。言うようになったじゃないか上等兵。しかしなぁ、お前を殺したいと思っているのは俺だけじゃないようだぞ――』」

 加藤の視線が意味ありげに左後方に流れる。

 奴の後ろ。遙か後方で戦闘を支援しているはすの彼ら(ウィリアム監査官)のことか?

 私の視線と意識が加藤から離れた、その時。

「――死ねやッ!」

 眼前の加藤。

 意識が途切れる須臾(しゅゆ)の間を狙ったのか、飛び跳ねるように私に向かって斬りかかって来た。天を向いていた黒刀は稲妻のように振り降ろされる。

『――!』

 閃光にも似た斬撃だが、咄嗟に身体が半身ほど下がり、髭切で黒刀の切っ先を退けた。金属がぶつかり合う、鈍く耳障りな音が一帯に甲走る。弾丸が装甲に着弾するように力を受けた刀身の衝撃に、身体が揺さぶられてしまう。

 だが奇襲は躱しきった。 

 初撃は爆弾の導火線。

 躱した所でそれで終わりではない。

「『撃ちますッ――!』」

 デービッドが敢然と消音器付騎兵銃(デ・リーゼルカービン)を発砲する。発砲炎(フラッシュ)と共に、黒い鎧で覆われた加藤の左胸に弾着光環(クラウン)が煌々と輝く。俄に衝撃を受けた加藤の脚が鈍り、その隙は見逃せない。

「『私の番だ(my turn)!』」

 足摺(あしずり)に下がる私と追う加藤。奴の背中に向けて、隊長の擲弾銃ライオットガンが火を噴く。吐き出された弾頭は相も変わらぬ銀粉弾頭(シルバーグレネード)。着発信管により、軽い爆発音と共に銀粉がパッと弾けた。

「ぐぬッ――」

「『死ぬのは手前ぇだぜッ!』」

 キラキラと輝く銀粉の中、爆発的な跳躍でクラウディアが正面に回り込んできた。

 勢い崩れ蹌踉(よろ)めく(からだ)。隙だらけの躯にクラウディアの光り輝く鉄拳(ホーリーブロウ)が左頬に炸裂する。目も眩むほどの光環(クラウン)が弾け、耳馴染みのない金属音が木霊する。間髪入れず続け様に左拳が胸に吸い込まれる!

「がッ――!」

 強烈な打撃。

 加藤の躯はサンドバッグのように揺れ、後ろにとと――と蹌踉(よろ)めいている。それでも追撃は決して止まない。すぐさまクラウディアが右に飛び退き、()()()()()する。

『――そこだ』

 冷厳な言葉が脳裏に心地よい。

 神聖化された7.62(ミリ)弾頭が音を越え、夕暮れ空を切り裂く。目には見えないM2徹甲弾が彼の異能により標的に吸われるような軌跡を描いているはずだ。

 刹那、バンッ――と弾けるように派手な光環(クラウン)が輝き、奴の被っていた略帽が空高く舞い上がった。息を合わせた射撃のコンツェルト(伴奏付き声楽曲)は、私が言うのも何だが見事としか言いようがない。

 加藤に漏れる呻き声はなく、崩れ落ちるようにその場で片膝を突いた。

 しかし――、倒れ込まない。

 片手片膝は地面に付いているものの、ギリギリの所で崩れない。奴を支えているのは堰堤に突き刺した黒刀のみ、だ。

 恐らく『黒き御方』とやらが与えた黒い結晶のような塊に、奴は支えられている。略帽がなくなった坊主頭、その眉間にも黒い鎧――。


「『数で寄って集りやがって……、烏合の衆が!』」

 殺しきれない死にきれない。

 加藤の瞳は、憎悪の炎が宿るように赤く燃え上がった。


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