表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/127

16-8 inspector(太歳)――狭山湖

挿絵(By みてみん)



『――しっかりして。私の知っている貴男なら、そんな怪異に誑かされたりなんかしないはずよ』

 急に引き戻される感覚が脳髄を揺らした。天地開闢――視界が明瞭になり、聞こえなかった声達が突然耳に雪崩れ込んできた。

『ウラベ――! しっかりしろ!』

『立って! 逃げてください!』

「『ウラベッ!』」

 頭を聾する鬼気迫る声達が、戦火の中にいる現実(いま)を引き寄せる。視覚が、嗅覚が、痛覚が、一気に私という身体に蘇る。

 あぁ、地べたに這う必要なんて無い。

 立たねば!

 目の前に転がる『髭切』を乱暴に掴み取り、即座に後ろに飛び退いた。首を振って気を張ると、眼前には夕映えを浴びながら眉間を歪ませる加藤が。赤い夕空には遊弋する陰摩羅鬼が。視界の左右には銃撃と打撃、斬撃を以て怪異を討つ仲間達が。

 頭の中にはヒノエの声が。

「『……おのれ、今一歩の所を』」

『残念だったわね()大尉。死んで二階級特進が出来なかったのが、そんなに悔しい?』

 ヒノエの無慈悲な煽りに、加藤が苦虫を噛み潰したように顔が歪む。彼我距離3(メートル)ほどで……互いの視線が混じり合う。

『ヒノエさん――今どこに?』

『……そこ(狭山湖)にはいないわ。急だったけど、立川基地からキャサリンの力を借りて現場を()()()()の。私が送れるのは声だけだけど、しっかり支援させて貰うわ。ありがとうね、キャサリン』

『――は、はい。何でも言ってください!』

『ヒヒヒヒ! 緊張してヤンノ!』

 上擦った可愛らしい声、間抜けなグレムリンの合いの手が戦場の空気を僅かに弛緩させる。左右に首を振り状況を見渡せば――隊長やデービッド、クラウディアが一騎当千の大立ち回りをしているのが見えた。

 猛烈な拳骨(ホーリーブロウ)で消し飛ぶ陰摩羅鬼の頭。間合いを取りながら消音器付拳銃(スタンダードHDM)とナイフで器用に陰摩羅鬼の胴体を撃ち、鋭い切っ先で貫いていくデービッド。衣服が焦げながらも陰摩羅鬼の首ごと掴み、堰堤下にぶん投げている仁王(ロバート隊長)

 ――この陰摩羅鬼達は私の――。

『それは嘘よ』

 私が意識を言葉にする前に、ぴしゃりとヒノエが遮った。

『陰摩羅鬼は確かに死者の気より生ずる怪異だけど、――同胞達は嘘ね。()()()()()()()。そこにいる陰摩羅鬼達に、加藤の言うような()()()()()は感じられないわ』

『……それじゃ、こいつらは?』

『怪異が怪異を従えるのはよくあること。大方、ソイツが使役しているただの木っ端妖怪よ。……態々(わざわざ)貴男に()()()()()()ためだけに、選別したんでしょうね』

 加藤の顔が露骨に怒りに染まる。

 歯を剥き出しに、眉は釣り上がる。

 しかし――何も言わない。

 怒りの無言は事実の肯定。

「『……どうして、そんなこと』」

 切っ先を加藤の顔面に向けながら呟きが漏れる。

『合一したいから、よ』

『合一?』

『――太歳の因子』

 そこまで言った所で、急に隊長が話に割り込んできた。

『ヒノエさん。協力に感謝するが、端的に奴の状況を説明して貰えると助かる』

 泣く子も黙る阿修羅の懇願。

『――そうね、ごめんなさい。奴が何故()()()()()()は厳密には読めないけれど……、確実なのは太歳の因子が混じっていること』

『あの化け物の因子、ですか?』

『――そう。卜部さん、貴方が見た「太歳」はね、個体じゃないの。大いなる大地、深き深海、人の眼の届かぬ深い闇を揺蕩い蛇行する「陰なる龍脈」の大河。怪異と念が蠢く――()()のようなもの』

「『……ッ!』」

 隊長が声にならぬ驚きを漏らしたようだが、ヒノエは淀みなく答える。

『普段の「太歳」は陰の気を以て地上の人間に様々な悪影響を与える。でも周期的に、――それも極稀だけど地表に表出する時がある。「太歳」はね、()()()()事で強烈に発現する怪異なの。直にその(からだ)を見てしまった者は、陰の気を浴びるだけじゃなく、因果を歪められ運命を弄ばれる――呪われた因子を撒き散らしてしまうのよ』

 見た者の一族郎党は死に絶える太歳の伝説。

 私の愛する家族が死んだのも、消された戦友達も……そうなのだろうか。

『でもね――、因子の働きはそれで終わりじゃないの』

 ヒノエの声色が静かに沈潜する。

『因子を刻まれた者が死を迎えたら、魂は地に帰り「太歳」という大河に戻る。これは因子同士が引かれあい、一つの塊に戻ろうとするからと考えられているわ。――死から逃れられたとしても、因子は引かれあう。今を生きている貴男とその男は……』

 いずれ交叉する運命だった。

 いや――、違う。

 本当なら奴が死んで終わるはずだった。

 だが、この男は言った。


「『――()()()()とは、誰だ?』」

 耳を劈く陰摩羅鬼の叫喚、クラウディアの蛮声、響き続ける狙撃銃(スプリングフィールド)の号砲――。その中で切っ先をゆっくりと焦らす。夕映えを浴びてキラリと輝く白刃は、頼もしく奴の黒刀を睨み付ける。

 しかし、不遜で気色悪い引き攣った笑みが、臆することなく言葉を漏らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ