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16-4 inspector(太歳)――立川

挿絵(By みてみん)



『――ウィル、もう終わったのか?』

 隊長の声が意外そうな調子で上擦っていた。

『あぁ。|エンタングルメント・ストーン《霊的分離不能石》の調整と、グレムリンとの契約確認くらいだからな』

 薄曇りの逆光を後光に射す男。『神聖同盟』英国本部から来日した監査官(インスペクター)

 カーキ色の英国製軍服(バトルドレス)に身を包み、栗色の短髪に無骨な面構え、切れ長で鋭い目付きがギラリと光る。腕をまくって露出した腕部は、隊長と似たほどに筋肉が盛り上がっている。

 英国紳士のような気品と、剣闘士のような粗雑な印象を併せ持つこの男。本日の朝、詳しい自己紹介は省かれてまともな挨拶一つしていなかった。

『調整が終わったから一応は報告だ。――通信、電探(レーダー)接続機器等全て異常なし。怪異探知機能も問題なし。グレムリンと再契約も完了した』

『……仕事が早いじゃないですか、ウィリアム・バートン殿』

 マイクが皮肉っぽく声を掛けた。

『あぁ、誰かさんとは違って、ずるずると物事の解決を引き延ばさないからな』

『ほーう。言うじゃないか』

『……やめてくださいよ、二人とも。ここは日本です。本部じゃないんですよ』

 デービッドが呆れたように視線をぶつけ合っている二人に苦言を呈した。私の知らない所で何かあったのだろう。デービッドも口角を下げ、明らかに感情を害しているようだった。

 ウィリアム・バートン――。

 そういう名前なのか。

 彼の後ろを見ると、似たような風貌の英国軍服を着こなす男が三人。

 ……顔付きが違う。

 死線を幾つも掻い潜ってきたような鋭い目付き、頬に深く刻まれた傷跡を持つ者もいれば隻眼の者もいる。いずれも只者ではない雰囲気がひしひしと伝わってくる。

『――本部の話は無しだ。ウィル、お前も分かってるだろう? あくまで日本支部の監査――管理体制に異常が無いか評価と指導をするのが主目的だ。それ以上でもそれ以下でもないんだ』

 諭すような隊長の言に、ウィリアムは静かに冷笑した。

『分かってるさロバート。ただ付け加えるなら、君達の活動の支障になる要因(ファクター)排除も我々の仕事になる。――昨日、G2内部に設立中の「ジェームズ機関」は解体された、正式にな』

『――! ……そうか』

 隊長が俄に驚きの声を上げ、静かに視線を落とした。

 ジェームズ機関――。

 きっと函館で遭遇した男、ジェームズ・ベイカー大佐のことだろう。

 彼が機関名になっていたとは知らなかったが、……彼はレフチェンコにも密通していたはずだ。

『ウチの()()が直々にウィロビー将軍に連絡したそうだ。彼の仕事(反共工作)の邪魔になる可能性があったため、解体を推奨した。身柄は米国本国に移管して――OSSの親父(ドノヴァン将軍)が引き取るそうだ』

 淡々と知らない話が念話で紡ぎ出される。口は真一文字のまま微動だにしない。

 だが――、凡そ分かる。GHQ内のG2(参謀本部第二部)を統括する将軍に『神聖同盟』のトップが接触し、隷下のジェームズ機関を解体させ、本人の身柄は本国送還――古巣に帰ったのだろう。

 彼もまた、歴史の闇に葬り去られた一人か。

『これで目出度(めでた)総司令部(GHQ)から、事実上の参謀本部付き外部機関と認められた訳だ。結果は上々だな。処務の偽装から火器の補給まで、さらに融通が利くようになるだろう』

 目出度く――?

 参謀本部の外部機関――?

 思わず眉を顰めてしまうが、この男は一向に介しないようだった。一方で隊長達は一様に私と同じ表情だ。

『今回の本部の()()()()はやり過ぎだ。日本や米国に対する立派な内政干渉だぞ』

 始終難しい顔をしていたバーナードが苦々しく口を開いた。彼も本部について何か腹に据えかねる事でもあるのだろうか。

『私もそれを憂慮はしている。……だがバーナード大尉、薄々感づいているだろう? 内政干渉を()()()()()()()()()()()()()なんだよ』

 ウィリアムの眼光が一際、鋭さを増した。

 国の政治に介入する必要があるほどの事態?

 それが起きている。

 この日本で。

 いや、もしかしなくても、その渦中は……。

『ところで――、()には挨拶がまだだったな』

 泰然自若のウィリアムが、眉を動かしながら私に視線を投げかけてきた。割れたグラスのまま挨拶をするのは気が引けるが、――彼のような男なら心配は無いだろう。

 執務室にゴツゴツと音を立てながら入ってきたウィリアムは、隊長達の近くまで来るとピタリと静止した。

『――ウラベ君だな? 君のことはロバートから聞いている。私は「神聖同盟」英国本部総務局所属のウィリアム・バートンだ。この日本支部の活動について本部より監査で来ることになった。短い間だが、よろしく頼む』

 画然と形式と本音を切り替える男だ。飄々としてはいるものの、悪意のあるような色は見えないが、嫌な印象は拭えない。

『よろしくどうぞ』

『――あぁ、そうだ。これを渡さなければ。君への手紙を預かっているんだ』

 まるで伊沢のように演技じみた手つきで、大きめの胸ポケットに手を突っ込んだ。

 ――手紙?

 私宛に?

 戦争が終わってから手紙なんて一度も貰ったことはなかった。両国の住まいは焼け落ち、それから浮浪者のような生活をしていた身分だ。決まった住所を持ったのは最近であるし、仕事柄秘密が多いため、戦前の友人や知人にも連絡は取っていなかった。

 既知の人間が私の居場所を知るはずもない。

 ――誰だ?

『受け取ったのはゲートの歩哨だ。外見は日本人。カタコトの英語で、この建物にいる君に渡してくれと言われたらしい。受け付けた兵士が先程、私の所に来て受領した』

 嫌な予感が脳裏を過る。

 するりと封筒がウィリアムのポケットから取り出され――私に向かって差し出される。ややくすんだ茶封筒、宛名も住所もない。だが、中に便箋らしき紙が入っているのは一目で分かった。

 恐る恐る手を伸ばし――、裏側を見る。

「『……嘘だろ』」

 送り主の名。

 筆勢強くして字が歪むほどに。

 それでもハッキリと、すぐに分かった。

 ――加藤秀典。

 奴からの手紙だった。

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