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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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15-6 Crime(米軍)――立川

挿絵(By みてみん)


「ここが、ヒノエさんの――」

 秘密の園――。

 それはあまりにも近代的(モダン)な部屋。

 靴脱ぎの土間、板敷きの廊下、正面左に完備された流し、料理台、(かまど)。コルク敷きの洋室と畳敷きの和室。残滓塵芥(ざんさいじんかい)を捨てるダストシュート付きの、戦前の華やかなりし時に作られたモダンな生活空間。全てが小綺麗なまでにまとめられ、埃が被ったものは見受けられない。

「えぇ、良い所でしょ? 私は気に入ってるの。そこのソファーに座って。冷蔵庫から飲み物を出すわ」

 ――意外。

 喉から出かかった言葉をすんでの所で飲み込んだ。

 6畳の洋室壁側に設置されたソファーに恐る恐る座った。茶と紺の落ち着いた色合いで、腰が包み込まれるように沈み込む。ガラステーブル、(ラタン)の椅子、白いカーテン――それどころか、戦時中には奢侈の極みとして製造が中止された高価な電気冷蔵庫まで備え付けられている。

 私の家(連合軍専用住宅)にあるものと遜色ない。

「……豪華ですね」

 目の前のテーブルに静かに置かれた硝子コップは、汗をかいていて見るからに冷たい。

「そうね。でも――、貴男の居る場所も()()()()()()じゃない?」

 音もなく整然と、静かに。私のすぐ隣に腰掛けたヒノエを直視出来なかった。

 ――そうだ。

 敗戦の現実は()()()()()()

 皆等しく貧しくなった訳でもない。

 大戦争ですら平等的悲劇を担保できない。

 戦前からの金持ちは皆金持ちのままだ。

 消えた命と増えた金。怯える弱者、栄える強者。

 ――何も変わっていない。

「僕は……見てしまったんです。女性が米兵に」

「――言わないで」

 ヒノエが俄に遮った。

「伊沢に話したのは聞いてたわ。()()が日本中で起きてることも。でも、皆薄々知っていることだわ。貴男一人が気に病むことじゃない」

「……だけど」

「貴男は――真面目なのよ」

 溜め息交じりにヒノエがコップを私に勧めた。

「いつも我慢して、いつも苦しんで、――でも周りに助けを求めない。それじゃ命が幾つあっても足りないわ」

 優しい正論が胸を締め付ける。

 堪らず目の前の水を飲んだ。

「……ありがとう。でも出来る事をしてるだけだよ。これが因果か罰だとしても、受け入れているつもりだ」

「――でも。()()()()()()のは疲れたでしょう?」

 本質を突く。鋭く抉るように。

 だからこそ本音でぶつからなきゃいけない。

「僕はさ――、ヒノエさん。この怪異の身を恨んだことはないんだ。大陸で太歳を見たことも、神聖同盟で働いていることも、全てが()()()()というのなら受け入れるさ。それでも守りたいものは、怪異から守りたいものは――」

 まざまざと脳裏を過る、啜り泣く日本人女性の姿。彼女を犯したのは戦勝国の横暴。そしてそれを纏っている自分は――。

「ねぇ卜部さん。私を見て」

 突然。

 ヒノエが私の顔に手を伸ばした。その繊細な指先が、私のサングラスにかかる。

「な、……駄目です、僕の目は――」

「いいの。貴男の眼を隠す(いわ)れはないわ。……良いから私を見て」

 僅かに紅潮しながらも凜とした表情に、私は抵抗できなかった。サングラスはするりと外され、テーブルに静かに置かれた。


 ――私の邪眼はヒノエを殺してしまうかもしれない。

 滝夜叉姫の懸念が身に染みて分かった。

 何かの拍子に罷り間違えば、この力は簡単に人を傷つけてしまう。

 そんなのは、死んでも嫌だ。

「私の一族はね……、ずっと『ラセツ』の中心となって組織を支えてきたの。姫は私のことを稀代の逸材って持て囃すし、異能の血統を殊更に重視してるけど――私にはどうでも良かったの」

 視線を落としたヒノエの瞳が、僅かに揺らいだ。

「……人の心が読めて、色んなモノも見える。でも心の底から守りたいものなんてなかった。因縁も因習も、異能も怪異も、人々の日常から掛け離れた世界で、安らぎや安寧なんてこれっぽっちもなかった。その上、こんな戦争に負けたんだから。もうこの世に安寧なんて欠片も存在しないと思ってたわ。――でもね、今は違うの」

「……」

 スッと持ち上がった瞳が、視線が――私と混じり合う。

現実(いま)は変わらなくても、悩んで、苦しんで、人のために命を削りながら――私を好いてくれる人がいる。それって凄く嬉しい事だと思うの」

 ヒノエの両手が私の頬を包む。

 視線が濃密に絡み合い、一瞬たりとも外れない。

 香が、薄い紅が、雪のような肌が――。

「僕の現実(いま)は、変わるかな……?」

「貴男次第、よ」

 姑獲鳥の子――。

 千年前の伝説も実際にあったのか、サリエルの言う舞台装置なのか、私には全く分からない。

 それでも、戦争が、太歳が、神聖同盟が、ラセツが、そしてヒノエが、偶然と必然の紐帯が重なった出会いは――現実(いま)を描き切れていない。

 求めるものは、守りたい者。

 たとえ錯覚だとしても、一夜の夢だとしても。

 私の力が及ばなくても。

 ――現実(いま)を変えるのは、私。

 澄み切ったヒノエの瞳。

 この世の全てを受け止めてしまいそうな深い深い彼女の瞳に……、私は委ねる。

 戦争で生き残ってしまった罪悪。

 家族を失った悲しみ。

 目を覆いたくなる敗戦の現実。

 人の生み出した因縁。

 ――僅かばかりの恋心。


 全てを委ねて、千年の契りを――。

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