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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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15-5 Crime(米軍)――立川

挿絵(By みてみん)


『……で、飛び出してきたと』

 ――あぁ、そうだ。

 簡単な説明で事情を全て察してくれるのはとても有り難い。だが、細かい追及に反論する気は微塵も起きなかった。

 しんしんと闇が鎮座する寂しいロビーは薄ら寒い。天井から吊された白熱灯が、椅子に腰掛け項垂れている私を断罪するように、床に影を落としている。

『よりにもよって……、というか貴方らしいですね。()()我々の拠点にふらっと現れ、術式を看破してしまう。私の立つ瀬がありませんよ』

『……すまない』

 ここは『ラセツ』東京支部所属の()()()()らしい。

 東京支部本拠ではない。

 本拠は将門塚付近の大手町にあるらしく、伊沢は今そこから言霊石エンタングルメントストーンを使い私に話しかけている。私が見た紫色の輝き――あれは伊沢が張った結界「迷妄術式」の一種らしい。

 函館要塞にも張った当代一流の(まじな)い。神社一帯に掛けられていた()()()()()を……私はあっさりと()()()()しまったのだ。

『そこはウチの簡易拠点です。地上1階のアパート機能の他、地下1階には通信施設や武器、備蓄倉庫も兼ねています。……もっとも、アパートの利用者は今のところ一人ですが』

 ――見た目にして近代的欧風建築。

 社務所の裏側にあるこの建物は、四角い小洒落た西洋建築だった。入口は磨り硝子が入った鋼鉄製で、中はホテルのような装いである。

 簡素ながら意匠が凝らされた壁、光を反射する程磨かれた床、並べられた調度品の数々。ここも十分、()()()()()からは遠のいた場所である。

『こんな広いところを、一人で?』

『あぁ、純粋に人手が少ないだけですよ。他の構成員も同様の()()()()か、神宮司ミエコさんみたいなのは通常の住宅に住んでます。そこは出動拠点も兼ねていますので、(みだ)りに人が入らぬよう、認知できないよう術を掛けていたんですが。見破って来る人も怪異も、今まで一度もいなかったんですがねぇ――』

 ――いちいちトゲのある言い方をする。

 術式を破られたのが悔しいのだろうか。

『悪かったよ、わざとじゃないんだ』

『……まぁ、反省しているようならもう言いませんよ。これ以上追及したら()()に怒られそうですし』

 ――彼女?

 頭重く項垂れていた脳髄に思わぬ単語が引っかかった。不意に顔を上げた時、私の前方――廊下を取り巻く暗闇の中から、薄い()()の人影がぼんやりと浮き上がり、白熱灯の明かりがその姿形を照らし出した。サングラス越しでもハッキリと視認できる。

 見え覚えのある影。

 撫で肩に流した艶やかな後ろ髪。

 白い肌に薄い紅がうっすら浮かぶ。

 黒色の巫女服に刺繍された金地がキラキラと輝いている。

 邂逅――。

「ヒノエ、さん……?」

「卜部さん、お久しぶりね」

 久しぶり――確かにそうだ。レフチェンコの時以来か。

 気恥ずかしそうな笑みを浮かべ、黒衣の巫女(ヒノエ)は視線を艶やかに流した。私を直視出来ないのは全てを知っているからか、それとも。

()()()()()()()()()()()。部屋は他にもありますので、一時的にここに滞在しても一向に構いません。ずっといるのは困りますがね』

 飄々と慇懃無礼。俳優気取りのイントネーションが殊更に耳障りだが、確かに事実だろう。

『ずっといるつもりはありません。ただ――』

「ただ?」

 ヒノエが椅子に座る私の前にしゃがみ、上目遣いで私を見つめてきた。

 ――あぁ、その瞳だ。

 彼女の万事見澄ますような、どこまでも冷たい眼差し。それでも、その中に宿る優しさを私は知っている。

「『……見つけたいんです。戦う理由を……』」

 彼女の瞳を直視することも出来ず、再び項垂れて床を眺める。気恥ずかしさと悔しさが交錯し、攪拌されて胸中の蟠りとなる。(しこ)りのような感情の異物に胃が重くなる。

 すると――視界の外でヒノエが俄に立ち上がった。

「ウラベさん、……私の部屋に来て」

 ――え?

 意外すぎる言葉に、ぞわぞわと寒気にも似た毛の(そばだ)ちを感じた。言葉の意味を咀嚼する間もなく、ゆっくりと顔を上げる。

 眼前に差し伸べられたヒノエの手。

 新橋の闇市では差し伸べることもなかった、手。

 冷眼視され睥睨(へいげい)され、口汚く求められた()()。今、眼前に伸びる手は白熱灯を浴びて白く輝き、ほのかに赤く色づいている。

「ヒノエ、さんの部屋に?」

「――二度は言わせないで。お願い」

 声色穏やかに、顔はそっぽを向いて――闇に顔を向けている。その頬がどうなっているか、見なくても分かった気がした。

 彼女の〝お願い〟を、拒否する理由も意味もない。恐る恐る汗ばむ左手で、彼女の手を握った。

 突然、ヒノエが力一杯に腕をぐいっと引っ張り上げた。

 勢いそのまま――、暗闇が鎮座する廊下に向かって歩き出す。体勢が崩れようとも、問答無用で引っ張る彼女の力は、その華奢な身体に見合わず強い。闇を縫うように音もなくスタスタと連れられていく。

 異性の手――。

 甘美な温もりという幻想は、粗雑な掴み方によって雲散霧消してしまう。

 だが、その強引さこそが彼女らしい。

 私がレフチェンコを殺めそうになった時も、強引に私を止めた。私が滝夜叉姫と殺し合いそうになった時も、――私のために泣いてくれた。

 その事実が脳裏を過った時、ヒノエが部屋の前で突然ピタリと止まった。

 きっと部屋の前に来たのだろう。見ると、木製の扉が主を待っているかのように、僅かばかりに開いていた。中からは微かに部屋の明かりが光線となって床に伸びている。

『伊沢』

 耳を擽るような優しい声色で、ヒノエが伊沢を呼んだ。

『なんです?』


『――見たら殺すわよ』


 乙女の声色は急転直下、鋭く重く抉るように凄みを利かせてきた。脳内に響き渡るそれは、警句や脅しとも異なる……もはや呪詛に近い。

『……わ、分かってますよ。はいはい』

 年上で百戦錬磨の支部長(イサワ)も、念話が僅かに引き攣っていた。異能者による本気の呪詛か揶揄いか。それすらも分からぬ所がまた恐ろしい。

 彼女の意外な声に思わず唾を飲み込んでしまったが、伊沢の様子には溜飲が下がった。奴もヒノエには顔が上がらないのだろう。

「――入って」

 乙女の秘密を垣間見る、その好奇心と高揚感。

 胸が浮つき、高鳴る。

 暗闇に挿す一筋の光明を信じて、私は彼女の部屋に足を踏み入れた。

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