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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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15-3 Crime(米軍)――立川

挿絵(By みてみん)



『それ以上はいかんッ!』」

 どんよりとした曇り空、怒号が耳も心も激しく聾する。サングラスが衝撃で外れ、すぐ近くにカラリと音を立てて落ちた。

『クラウディア! アメリカ兵が一人、民間人も一人負傷した。バーナードと共に救助に来い!』

『……隊長』

 クラウディアが口籠もるように呟く。その須臾(しゅゆ)の沈黙を埋めるように、間髪入れずバーナードが復唱した。

『了解しました。すぐに向かいます』

 隊長の巨体が、圧を掛けながら私に重くのし掛かる。それでいて淡々と命令を下す姿に、自然と狼狽の声が漏れた。しかし情動止みがたく――憤怨(ふんえん)の念が混じりながら言葉が口から飛び出る。

「『何故です! どうして!? 奴は日本人女性を――!』」

「『……分かっている』」

 ――分かっている?

 分かっているなら何故止める?

 奴は女性を、罪を犯したんだ。

 そして逃亡した。

 こんな奴を――。

「『……ウラベ、間違うな。お前の眼は、怪異を討つ為にある。人を傷つけるためじゃない』」

 その言葉に思わず眉を潜めた。眼球がきゅっと萎む。

 初めて隊長が――憎く見えた。

「『アレ(強姦犯)が……、アレも()()()()()なんですか……!』」

 無様に逃亡した米兵の後ろ姿がまざまざと脳裏に蘇る。

 罪を犯して現場から逃走する許されざる男。無防備な女性を襲う腐った野郎だ。

 見れば、隊長の懊悩が(かんばせ)にハッキリと浮かんでいる。皺という皺が寄り、陰影を濃くしている。苦虫を噛み潰したように、眉も視線も何もかもが「苦悩」という言葉に染まる。

 その顔を見ても押さえられない。

 煮えたぎる感情はぐつぐつと腹の底から涌き上がる。

「『奴は、きっと裁かれません。ここは……占領下の日本オキュパイド・ジャパン。連合国に隷属(subject)する貧相な四等国。彼女はきっと告発すら出来ないし、政府が連合国軍兵士を裁く事なんて出来ません……』」

 その言葉を口にした途端、大陸の記憶がチカチカと瞬くように蘇ってきた。大陸派遣軍の行軍、駐屯、戦闘――脳裏に焼き付いていた光景が、ネガのように浮かび上がる。

 赤い大地。

 見渡す限りの麦畑。

 街に山積する無数の屍。

 男も女も子どもも老人も――人の命は鴻毛より軽し。財産は分捕り(略奪)にて成すべし。荒んだ人心は無防備な弱者に襲いかかる。綱紀粛正など夢のまた夢。眼前の()()は反吐が出るほど(おぞ)ましく、なのに慣れると何の感情も湧かなくなる――身の毛がよだつ現実。

 我々は過去の報いを受けている。

 いや――私だけなら良い。この眼も()()()()()()()なのだろう。だが無実の人が、戦禍を生き延びた人が襲われるのは報いではない。

 ただの卑劣な犯罪だ。

 ――嗚呼(ああ)、国が破れるとはこういうことなのだ。

 敗者は勝者に蹂躙される。

 あの米兵は勝者、草葉の陰で泣いている女性は……いや、私を含めて敗者だ。

 ロバート隊長は――どっちだ?

「『それでも……だ。あんなクソみたいな奴でも、人は人だ』」

 僅かに力を緩め、私を解放しながら吐き捨てた言葉。懊悩が滲み出て聞いているだけでも気が重くなる。だが、それでも納得できない。

『被害者は泣き寝入りし、犯人は絶対裁かれないとしても、ですか?』

『…………』

『私が守ろうとしたのは一体誰だったんですか……。隊長に〝お願い〟され、たくさんの怪異を滅ぼしてきました』

 走馬灯のように相対した怪異、その脅威が染み出るように次々と脳裏を過っていく。それは心の傷を深く抉り出すように、ズキズキと鋭い切っ先を私の過去に突き立てる。

『私は家族を守れなかった。だからこそ怪異に術無き人を守る為に、今まで戦ってきたんです。奴は――その守るべき人を傷つけた敵です。占領軍という圧倒的勝者の立場から人の命や尊厳を奪う……敵です』

『…………』

 ――自分でも分かっている。

 矛盾している。

 奴は人間だ。

 かつて私の周りにもいたクソみたい人間だ。隊長の言も分かるし、占領軍の立場に近く――長く浸かっている私が言う義理なんてこれっぽっちもない。

 ただ一つ、私達は決定的に異なる。

『隊長は戦勝国の人間です。私は……敗戦国の人間なんです。みんなとは違います』

 あなたと私は違う。

 こんな単純な言葉が全てを突き放し、殺し合いに駆り立てる。

 分かっていても言わずにはおれない。法で裁けないなら、誰が奴に罰を与えるのだ?

 戦勝国に匿われるくらいなら、今、その全てを目撃した私が……。

『私は一度もお前をそんな区分けで見たことはない。お前はお前だ、ウラベ。奴はMP(憲兵)に必ず突き出してやる。裁きは必ず受けさせる』

『他に多発する同様の事件でも……?』

『…………』


 ――連合軍兵士の犯罪。

 窃盗、押し売り、強姦、売春、横流し、面白半分の民間人射殺。

 新聞には載らないが色んな所から話は聞こえてくる。『神聖同盟』の資料にも度々現れ、イノマタからもちょくちょく耳にする。

 |民主主義を広める大義を持った国家《アメリカ合衆国》の、隠しきれない恥部。それに迎合するしか生きる術がない日本人。声に出せない女達、素知らぬ振りをする男達。見て見ぬ振りをしてきたのは――私も同じだ。

 ――私のいるべき場所はここ(戦勝国側)なのだろうか?

 ――私は何のために闘っているのか?

 ――時間が欲しい。

『……少し考えさせてください。私が、戦う理由を見つけるまで』

 サングラスに手を伸ばし、服の埃を払いながらよろよろと立ち上がる。遠く地面でのたうち回っている糞野郎を一瞥して踵を返した。懊悩に苦しんでいるであろう隊長の顔を見ることもなく、背中越しに言葉を投げた。

「『――ウラベ!』」

 隊長の叫びに振り返ることはしない。

 心中に蠢く矛盾と不安と絶望に――動悸が激しくなる。

 でも基地には戻らない。

 自分の居場所は……どこだ?

 胃がきゅうきゅうに絞られる中、感情を投げ飛ばすように上を見上げた。どんよりとした薄暗い曇り空が、視界いっぱいに広がっている。

 闇はこれから濃くなる。

 私の眼は何を見通せば良いのか?

 その答えを探して、ふらふらと歩き出したのだった。


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