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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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15-2 Crime(米軍)――立川

挿絵(By みてみん)


『こうして運転を頼むのも久々だな』

『――そうですね』

 近隣で発生した微弱な怪異反応の調査。近所への散歩にも似たくらいの案件でしかないのだが、そんな軽い気持ちとは裏腹に、報告を聞いた隊長は二つ返事で同行すると言い出した。

 いつも潜っている立川基地のゲートを、気まずい空気に包まれながらすり抜けていく。態々(わざわざ)ジープで行く距離ではないのだが――連絡と即応のためには、たとえ近距離でもジープと通信機の組み合わせが推奨される。お目付役とでも言わんばかりに、助手席には隊長が腕を組んで座っている。薄暗い曇り空が夕暮れを感じさせず、そのまま闇の中に落ちる不安を増長させているようだ。

 もっとも私の眼には露ほど関係ないが――。

『3分程度で現場に着きます』

『分かった。通信機の電源は入れておく。何かあればキャサリン、中継を頼む』

『了解しました』

 歩いて10分も掛かるまい、そんな目と鼻の先の河川沿い。怪異反応も微弱。二人で、しかもキャサリンのバックアップも付けて。

 ……いくらなんでもおかしい。

 邪眼は脅威である。それは否定出来ない。

 それでも今まで上手くやってきたのに――。『命令』と隊長は言うけれど、押し黙る隊長の姿が雄弁に物語っている。()()()()()()。私に隠された何かが裏で動いているはずだ。与り知らぬ()()()()()が。

 邪推が脳裏を昂然と飛び交う中、気がつけば目的地付近であった。

 事前情報通り、砂利道が続く川沿いの農道。右は背の高い草むらで新緑に埋め尽くされ、反対側である土手の向こうは見渡せるが、所々の木々が覆いのように道に影を落とす。基地の中から駅沿いが生活圏の身の上、多摩川沿いの土地鑑はそれほどない。

 キャサリンが()()()()光景と地図記号、移動に掛かった時間から推測し当該地点を推量するしかない。

『……この辺りかい、キャサリン』

『そう、ですね。怪異の反応が微弱すぎて捉えづらいのですが……ポイントはその辺のはずです』

『微弱な反応と言ったが近似の例は?』

 隊長が目を瞑ったまま尋ねた。

『一番近い例は……悪魔憑きでしょうか。本国の方で良く観測された()()です』

『そうか。人に憑依、或いは()()――か。憑依されれば反応は鈍くなるし、結界のない所なら怪異の局部的反応部(ホットスポット)が表出してもおかしくはない、か』

『――はい。怪異に当てられると、欲望の抑えが効かなくなり、衝動的な行動を取るようになります。もっとも()()()()()()()()()()()()()()ことも考えられますので、悪魔憑きの場合はどっちが先か分かりませんが……』

『ふーむ』

 隊長が僅かに唸りながら頭を垂れる。深く考え込む時のいつもの仕草であるが、それほど難しい事なのだろうか。

 米国や英国での「悪魔憑き」の例は寡聞にして良く分からないが、怪異に当てられた人間なんてこの世にごまんといるだろう。魔が差す、魔が通る、憑依する……言葉は違えど怪異に影響を受けた人間を表す言葉だ。

 私も――だ。

 邪眼という魔が私に憑いている。

 それでも統制できる。怪異は作られた存在だから――そう言い聞かせながらも不安が胸中に蹲る。迷いを振り切るように首を振ったその時。視界に微かな靄が見えた。

 ――色?

 右側の草むらを透かすように、濃い赤色と弱々しい白が混じり合っているのが見えた。動きから察するに、赤が白に襲いかかっているように見える。

『隊長――、右前方に赤と白の色が見えます』

『怪異か?』

『……何か違います。怪異にしては弱々しいような』

『レーダーの反応も微弱です。ですが、当該の怪異と推測されます』

『――よし、私とウラベで左右から行く。基地に待機してるクラウディアも念のため準備をしておけ。ジープが無理なら走ってこい!』

『わかったぜ、隊長』

 今日の本部待機組はクラウディアとバーナードだ。彼女の俊足を以てすれば、入り組んだ街並みならジープより速いかも知れない。ジープを停車させ、隊長は消音器付拳銃(スタンダードHDM)を構え、私はいつもの機関銃(グリースガン)を肩に掛けて降車した。

 すると突然――色に変化が起きた。

 濃い赤色がせわしなく揺れ動いたと思うと、我々の前方に抜けるように駆け出したのだ。

『隊長! 赤色が草むらから我々の前方に出てきます!』

『……注意しろ! 射撃用意!』

 新緑の草むらがガサガサと揺れ、何かが猪突猛進の勢いで飛び出してくる。

 逃がすまい。

 照門(リアサイト)照星(フロントサイト)を綺麗に捉え、色を追尾するように射線を流していく。

 草むらから――出た!

「『……なにッ?』」

 思わず声が漏れた。

 草むらから飛び出してきたのは、顔を赤らめた短髪の白人米兵だった。上半身は薄いシャツ一枚で、ズボンがどこか着崩れている。息を切らせ、状況が読み込めてないようだ。

 男の視線は怯えるように震えており、私達を一瞥すると「shit!」の一言と共に踵を返して駆け出した。突然駆け出した男に呆気にとられていると、草むらの方から声が聞こえてきた。

 ――啜り泣く女の声。

 あまりに弱々しく、儚く、悲嘆に暮れる――声。

 嫌な予感が脳髄を駆け巡った。概念が脳内で固まる前に、身体が勝手に草むらに飛び込む。

 視線を隠す新緑の草。

 半裸の男。

 啜り泣く女の声――。

 信じられないし、信じたくない。

 だが、僅かに数(メートル)分け入ったところで、見てしまった。

 日本人……だろう。

 白い洋服を着た女性が地面に蹲り、嗚咽を漏らしている。土下座するように地面に顔を隠す。辺りに衣類や手持ち品が散乱し、彼女の下半身は一糸纏わぬ――。

「……ふざけんじゃねぇ」

 ぼろりと零れる。

 眼に力が入り自然と見開かれる。

 隊長に報告するまでもない、踵を返して今来た道を戻る。

 人間の屑。

 万死に値する。

 地獄に落ちろ。

 心中で呪詛が爆発するように反響する。鼓動が早鐘を打つように鳴り、視界がぎゅっと絞られていく感覚に襲われる。

 全力で駆け抜けて草むらを飛び出すと――視界に奴がいた。

 自分の罪から逃げるように、怯えて走る半裸の米兵。

 赤が弱々しく薄くなっていく。

 だが――()()

 許すまじ鬼畜。

 逃げるならばその脚から。

 眼に込められた呪詛は()()()()()()となり――、数十(メートル)も離れていた男の右足を大きく大きく、あらぬ方向へ(ひしゃ)げさせた。

ウウッ(Uhhh)――!」

 男の唸り声が遠くから響く。想像も出来ない痛みに苦しみ、その場で滑稽なほどに大きく転んだのが見えた。

 逃げるな卑怯者。その罪は命を以て――

『やめろ! ウラベッ!』

 突然、私の視界はどんッ――と大きな衝撃と共に左横に傾いた。

 不意に巨体がぶつかってきた。

 意識していない突然の衝撃に、私の身体は為す術無く地面に倒された。咄嗟に左肘を出したが、砂利道がザリザリと私の皮膚をいたぶる。

 ――何をされたかすぐに分かった。

 隊長が全身の体重を乗せ、私に体当たり(タックル)してきたのだ。

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