15-1 Crime(米軍)――立川
『――イヒヒヒヒ、辛気くせぇ顔だナ! ウハハハハ』
レーダー室に入って開口一番。グレムリンの傍若無人、厚顔無恥、恥知らずの恩知らずな暴言が顔面にべしゃりと投げつけられた。
『こらグレちゃん! そんなこと言わないの! ……ごめんね、ウラベ』
『いいさ、気にしてないよ』
惜春のみぎり、一年で一番過ごしやすい季節にもかかわらず――私の心は塞いでいた。
『でも酷いわよねぇ。どうしてウラベさんだけ?』
『……それが何も説明されないんだよ、隊長に訊いてもさ』
『ウヒヒヒヒ! 嫌われてヤンノ! ハタマタ大事な大事な箱入りムスコ!』
『そうねぇ、どっちかしらねぇ』
ダゴンを駿河湾の深淵に沈めて以来二週間。
私に出動のお呼びがかからない。
他の皆はいつも通り朝な夕な、些末な怪異からヴィジランスクラスまで対応を迫られており、夜な夜な出かける事すらあった。
それでも、私だけ待機を命じられた。
何故――?
三日目に私は自然と隊長に問うていた。目を伏せがちに佇む静かなる仁王像の逆鱗に触れてしまいそうで、直接尋ねるのは中々肝が冷えた。しかし、隊長はたった一言『命令だ』とだけ呟いた。
いつもの隊長らしくない。
合理的な指示や采配にはほど遠い――あからさまに何かを隠した態度。ここの仕事は常に命懸けである。それは誰しもが分かっているのに、私の待機が多いと皆に申し訳が立たない。しかし、頑なに寡黙を貫き通す隊長の姿を見て、原因は薄々感づいていた。
『この眼のある限り……後者だろうね』
――邪眼。
この前の戦いで証明された。60口径40粍機関砲を上回る衝撃力。力学的エネルギーでは説明出来ない、対象物を歪ませ穿つ力。
正確な計測や実験は隊長の指示により行われていない。よしんば試験をしたところで平準化も規格化も出来ないし、しても意味が無い。怪異の異能を人間の尺度で計ること自体が滑稽だ。人間の望んだ通りに怪異が具現化してくれる訳ではない――サリエルの言う通り、本当に人間が作った舞台装置だとしても。
そういう話であれば、これは配慮なのだろう。何か故あってのことならば、無理に反発する意味も必要もない。いつか待機が解けると信じて、溜まった事務処理、報告書作成に勤しむだけだ。半ば暇つぶしも兼ねて――コイツに話を聞くことが最近の日課となっていた。
『ウヘヘヘヘヘ! 今日も暇人! ヨッ――大統領! ウハハハハ』
それでもやはり腹は立つ。
好きで休んでるんじゃない、こっちだって仕事なんだ。
『ほーう……後でクラウディアに一発ぶちかましてもらおうかな』
『ヒ、ヒェッ――。カ、勘弁、カンベン! イヒヒヒ……』
グレムリンの納まっている筐体に残る、歪なヒビ割れを指差しながら反撃してやった。私がここに来てからクラウディアの堪忍袋の緒が切れ――、グレムリンごと筐体を半壊させた事件は、鮮烈に記憶に残っていた。
『そーよ、あんな目に遭うんだから、グレちゃんも程々にね』
『ヘーイ、ヘーイ』
ウサギ面を酷く歪ませ、しょぼくれてしゃがみ込むグレムリンだが――、まぁかける情けはない。こいつの調子に合わせていたらこっちの身体が持たない。
それからまったりとした時間が流れる。
コーヒーを啜りながら奔放な雑談と玉石混淆の情報収集に勤しむ。キャサリンの知識にグレムリンの知識が融合し、他の皆の稟議、決裁を経て報告書として完成する。
――しかし、どういうことだろう?
聞いたところによれば、グレムリンは大戦中に英国で捕獲された妖精だという。しかも「機械を弄くる」珍しい現代文明に付随する妖精だ。航空機や工場の作業機械に詳しいのは百歩譲って良いとしても、何故こいつは色んな妖怪、天使、怪異を知っているのだろう?
『なぁ、グレムリン。なんでお前はそんなに色んな怪異を知ってるんだ?』
『ウーヒヒヒッ! 企業秘密! 禁則! 少しは察シロ! バカ!』
……駄目だこりゃ。
何が少しは察しろバカ、だ。分かる訳ないだろうに。
自然と嘆息めいた息が鼻から漏れ、キャサリンに視線を流した。彼女は半開きの硝子玉の瞳でグレムリンを見つめながら、倦んだような笑みを浮かべている。
『この子には聞こえないように一方通行で念話するね。この子――、ちょっと変わり者なの。RAFから依頼が来て捕獲されたらしいんだけど、普通は退治されるか人里から離れるように強制されるんだけど……どうやら本部の方で契約したらしいの』
『契約?』
『えぇ。詳しいことは分からないけど、退治されない見返りに私達に協力するよう契約したらしいの。でも……、本当にそれだけかしら?』
キャサリンの瞳が俄に輝いた。
『こんなに詳しいなんておかしいもの。世界中の神話や怪異をそれとなく知ってるなんて、一妖精の領分を越えてるわ。だから、情報保管庫みたいなものに意識が繋がっているのか、誰かがグレちゃんの身体を借りて喋ってる……そんな可能性を考えてるわ』
可愛い顔してさらりと恐ろしい事を言う。
まだ二十歳にならない童顔のうら若き乙女は、さも当然の如く闇を見透かす。彼女の言葉に思わず目を見開いて背筋がぴんと伸びた。
『……でも、誰が?』
『それは……』
視線を逸らし口をすぼめるキャサリンに、回答は望めそうにもない。そう思った直後、グレムリンが突然驚いたように声を上げた。
『アッ! ――又だ! マタだ! ……あ、キエタ!』
硝子ドーム内でグレムリンがぴょんぴょんと跳ね回り、そのウサギ面を気味悪く左右に揺らしている。
『どうしたんだ?』
『キンジョ! キンジョ! またダゼ!』
キャサリンが、あぁ――と息を漏らした。
『最近、この立川近辺で微弱な怪異反応があるのよ。場所は多摩川沿いなんだけど、何にも無い草むらなのよ。時間は決まって夕方。でも何か事件が起きた訳でもないし、気味が悪いのよねぇ』
報告にも上がらない些末な反応。故に見逃し、調査対象からも漏れてしまう。他の皆が忙しいなら――。
『それくらいの事なら、ちょっと見てくるよ』
『え……、一人で大丈夫?』
キャサリンの心配を他所に少し気が乗っていた。待機期間の長さは畢竟、仕事への欲求に変化する。どんな小さな任務でも外に出たいと身体が疼く。気持ちが逸る私を茶化すように、グレムリンが椅子から飛び降りて手を叩いた。
『ヒヒヒヒ! 一騎駆けキンシ! ルール守れ! ウハハハハ』
――やっぱりこいつは腹が立つ。




